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2014.09.22 Monday

関東総社繋ぎ 先住民と宇宙神

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    9月14日、「関東総社八国繋ぎ」で残った様々な思いを昇華するために、先住民と宇宙神の祈りを関東の仲間達と行いました。


    ◎大甕神社(おおみかじんじゃ) 茨城県日立市大みか町6-16-1 

    祭神:天津甕星(あまつみかぼし)
     

    (ウイキペディアより)
    天津甕星(あまつみかぼし)は、日本神話に登場する星神である。別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)、香香背男(かがせお)。『古事記』には登場せず、『日本書紀』の葦原中国平定にのみ登場する。本文では、経津主神(フツヌシ)、武甕槌命(たけみかづち)は不順(まつろ)わぬ鬼神等をことごとく平定し、草木や石までも平らげたが、星の神の香香背男(
    かがせお)だけは服従しなかったので、倭文神(しとりがみ)である建葉槌命(たけはづち)を遣わし懐柔したとしている。第二の一書では天津神となっており、経津主神・武甕槌命が、まず高天原にいる天香香背男、別名を天津甕星という悪い神を誅してから葦原中国平定を行うと言っている。平田篤胤(ひらたあつたね)は、神名の「ミカ」を「厳(いか)」の意であるとし、天津甕星は金星のことであるとしている。「カガ」は「輝く」の意で、星が輝く様子を表したものであると考えられる。星や月を神格化した神は世界各地に見られ、特に星神は主祭神とされていることもある。しかし、日本神話においては星神は服従させるべき神、すなわち「まつろわぬ神」として描かれている。これについては、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説がある。全国の星神社や星宮神社の多くは天津甕星(あまつみかぼし)を祭神としている。茨城県大甕神社は、天津甕星を服従させた建葉槌命を祭神としている。社伝では、甕星香々背男(天津甕星)は常陸国の大甕山に居を構えて東国を支配していたとしている。大甕神社(おおみかじんじゃ)の神域を成している宿魂石は、甕星香々背男が化したものと伝えられている。葦原中国平定に最後まで抵抗した神ということで建御名方神と同一神とされることもあり、また、神仏習合の発想では北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされることもある。


    ■仲間の説明 

    天孫ニニギがご降臨される際に、芦原中津国をまずは納めておいて下さいということで、鹿島のタケミカズチと香取のフツヌシが平定して行くのですが、星の神・天津カガセオという方が抵抗していて、フツヌシ・タケミカズチの力をもっても屈せず存在していました。そこで、タケハズチ(シトリガミ)という方を派遣して納めたと伝わっています。カガセオは大きな岩の神様と言われているのですが、こちらの神社にはその岩の一つがあると言われております。大甕神社(おおみかじんじゃ)の御神祭は、カガセオではなくてタケハズチです。

    吉岡)抑え込んだ方だな?

    はい。抑え込まれたカガセオが封印された石もあるそうです。石があって、その上にタケハズチのお社があるという位置関係のようです。ちなみになんですが、常陸国の総社繋ぎの時に、総社・星宮で「ようこそおいで下さいました。」とおっしゃっていただきましたのが、先住民のカガセオだと吉岡さんが言われていました。


    関東総社繋ぎ 常陸国 1 常陸國總社宮 http://blog.yoshiokamanabu.com/?eid=1606



    ※今回は、拝殿からではなく、直接、本殿から挨拶する流れになったので素敵な対話ができました。

     






     

    ■香香背男(かがせお)大神のメッセージ

    いさましや、国を守りしお前たちの思いは分っておるぞ。

    国を守りしこと大切なことだが、そこにおける争いごとに巻き込まれぬよう上手に神事をなせよ。

    心囚われず、女心掴まず、思いに諭されず、思いクリアーにしなければ囚われの御心になるからこそ、霊魂賜りなく絡み付くからこそ、御心、五十鈴のように清らかにしておくことが大切ぞ。よろしく頼むな!





     

    ■吉岡の解説

    面白い!ここの社の柱に彫ってある形の意味は、日本式で言うと床柱かな。神守りの一つの証なんだよね。

    こういう形を彫ることで神守りになるわけさ。

    布地にこの模様を描いて下げるのが普通だけど、それを木彫りにしているのは珍しくて凄いと思ったわけ。

    これでバシっと神守りの力が入っているからね。「神が二神いる簾(すだれ)」みたいなもんだよ。

    この社を横から見ると、さらに綺麗だねー。五芒星を入れて男千木の神祀りなのでとても綺麗だね。



    ※香香背男(かがせお)の社の右側の道を登って行きました。







     

    ■大甕神社・山頂・本殿 建葉槌命(たけはづち)のメッセージ
     

    言われなきー思い、ひとつ問い正せませと我申します。
     

    問い正しことは神の争いではなく、人の思いの因果が残った部分についてでございます。
     

    恐れ多きかな神の争いにはならぬように、さまざまな思いを馳せ賜いたことがあるからこそ、ここまで穏やかにこの地は納まっておりまする。
     

    ただし、その決めごとの意味が分らず、民、人々はその由緒、所以を解くことができず、神の思いを理解することができず、その思いの一辺だけを掴んで話していることが多く伝わっておりまする。


     

    本来は神の争いではなく、人の心の争いの部分で伝わっているのだとご理解下さいませ。
     

    我々が伝えしもの、多きものは、その思い多き高き思いを理解するもののために時間をかけ、労をねぎらい、玉を譲り分け合うような思いをもって国のまとめを計らいておりましたが、その思いを理解する者に出会うまで時、多くかかったからこそ、それまでのことは戦もあり様々ないざこざなこともありましたが、本来は時納めること、時の流れし変わりしこと、そのことを深く理解し、時の流れの行く末を見据える者が必ずいると思いしからその思い馳せたまいて探し求めしこと。


    ここの納めし主とともに、この国納める采配のあり方の上においてどのような形に成すべきか、弔いの形をどうすべきか、その話し合いを長く持ったものでございます。


     

    こと穏やかにものごと納めようとする時に、また反対に時を力をもって納めよという思いもあったからこそ、そのものまた一方では上方の争いに巻き込まれたとも言えましょうが、この土地におきましてはそのこと本来にあらず、神の思い、人の思い以上に整いましてございますることよろしくお伝え下さいませ。


    どうぞ、よろしくお願いいたしまする。ありがとうございます。

     


    ■吉岡の解説
     

    神争いの話しではなくて、人の捉え方の問題だと言っていますね。
     

    人が取った取られたという分だけを言い争っている一部分だけを伝えていると。


    本来、ここに伝えにきたタケハズチが使者として選ばれた理由は、たぶん、タケミカズチとフツヌシは「上方の力をもってこの関東を納めよ」と命を受けているから強力にやってたんだけど、この地を納めるためには力ではなく、大事な神の意志の思いを理解する者を見つけて、その思いをわかりあうまで時間をかけて、「穏やかな物事の納めをせよ」という土地の大事な思いがあったからこそ、その思いを積み上げるまでに凄く時間がかかったと言っていますね。

    ただ、上方の上からの命令を受けた方々(タケミカズチとフツヌシ)はやっぱりその思いを一部分で伝えるし、庶民たちは庶民たちで取った取られた話しが残っていますが、本来はここのトップである「タケハズチ」は(※タケハズチはやっぱりこの地域の中で相当知恵のある方だったみたいなので)、時代の行く末を見て「このままでは無理だ」ということが分っていたみたいなので、友好な和平の段階の手の組み方をちゃんと話し、亡くなった後の御霊の納め方まで考えたみたいです。

    どうすれば、一番争いなく納まるか、そこまで話しをして納めた場所がこの場所の本来の意味だからこそ、「この地には争いの念は残っておりませんよ」と言っています。
     

    だから、「争い心を動かしては行けませんよ」とも言っています。
     

    こういう知恵のある方の功労は、いつも表に出ないものです。

     

    拝殿がすごく立派なのは地元の人たちの思いの現れだけど、逆に、本殿のシンプルさが凄く良いと思います。

    どちらも意味があって今の形になっていますが、ちゃんと敵と味方の両方を拝めるようになっているし、本殿まで行ってご挨拶できるようにしているのもいいですね。


    普通、本殿の社は正面から挨拶できないように見せないでしょ。

    でもここは本殿の神様をちゃんと見せて、上と下の思いの分をきちんとわかって欲しいという意味で作っているところが知恵ですね。

    素晴らしいと思うなあ。

    だからこそ、いろいろな争い心を一つにまとめるための拝殿なんだと思います。

     

    上から抑えつけているという見方もあるだろうし、下から守っているという見方もありますからね。

    両方の思いがあってうまくバランスがとれてる素晴らしい祀り方だと思います。

    神気も、非常に静かで穏やかですので、素晴らしい神社ですね。



    ※争い心を丸める為に作られた場所だとわかったので「宿魂石」の因縁を浄化してから、改めて拝殿横の「鎖の道」から登ってみることにしました。

















     

    ■鎖場から一周したあとの説明
     

    これから「宿魂石」は、「この土地を守った素晴らしい人の魂が宿る石」と良い意味でとりましょうね。

     

    今、登ってみて皆さん、何か分りましたか?
     

    拝殿横を下からまっすぐ登る理由は、過去の思いを一つにするためのまっすぐな道の意味があります。

    そして、本殿で祈ったあとに、
    香香背男(かがせお)の社まで道を回らせる理由は、過去の思いを一つに丸めるためです。

     

    参拝する人のことを考えた造り方が、凄いと思いました。

    鎖場から登って一周すると、
    身体の中のエネルギーがまったく違ってクリアになるものね。

     

    争い心を和合する目的で造ったからこそ、凄いエネルギーだと思いました。
     

    あえて、民の思いをまとめるため・・・後世の人たちのことまで考えて造っています。
     

    登ってみてよかったでしょ!感覚が絶対にクリアになりますよね!(^^)




    ※感謝と歓びを感じたまま大甕神社(おおみかじんじゃ)を後にして香取神宮へ向かう途中、北浦を横目に見ていると神唄が降りてきました。

     

    「北浦を越えてきた巫女の神歌」で、ございました。

    「大切なものを守ってきたのを分ってくれよ、分ってくれよー」と。言っておりました。

     

    何かございますか?と巫女に聞くと・・・


     

    海の向こうからやってきた人たちが伝えたものの中に、「命を繋ぐため」の野菜や果物や穀物などが沢山あります。
     

    そのことの「命の恵みの拝み」をしている方があまり多くいないので、そのことを分って下されば嬉しく思います。
     

    この土地にはなかなか合わぬものもありましたが、その中で残ったものが今も栽培されているものでありますのでよろしくお願い致します。

     
     

    吉岡)この北浦近辺に大事な神社ってある?

     

    仲間)北浦湖畔だと息栖神社ですね。

     

    吉岡)あ〜そう、今の息栖神社の場所は社を移したので2010年の神事の時に以前の場所を探して土地神と対話したんだよ。ところで息栖の祭神は何でしたっけ?

     

    仲間)岐神(クナド神)とアメノトリフネノ命、住吉三神も一緒です。

     

    吉岡)あ〜渡来だね、最初の神はどういう意味?

     

    仲間)ウィキペディアでは、疫病災害等をもたらす悪神を防ぐ神様で、道祖神・塞の神と言われています。出雲の神様とも聞いています。確か、安房国の洲崎神社の鳥居にかかっている札も「久那戸神」だったと思うんですけど。

     

    吉岡)さっき北浦の横を通ると女性の声で、「わしらが大切に守ってきたものの思いを分ってくれよ〜」と言ってきたんだよね。

    それは大きな意味で取っていたんだけど、後から言ってきたのは、渡来から船で渡ってきた人たちがいろいろなたくさん果物や野菜や穀類の種を持ってきたんだけど、この土地になかなか合うものがなくて、その中で残ったものが今栽培されているものだと教えてくれたんだ。

     

    2010年に茨城県の神事をした時、この北浦一体はもともと海だったことがわかりました。

    今よりもっと海面の位置が高くてさ、川と海水の行き来が激しくて海水が引いた時に残ったのが、今の北浦・霞が浦なんだけど、神事で回ったある神社では船で渡来の人が入ってきた時の入口の神様の場所だったんだよね。

    だから、そこまで海だったということがわかりました。川の大分上流の方なんだよ、実際は。

    でもそれぐらい海水と真水が交わった場所だからこそ、(湾口龍宮神の)神場だし、そうとう船でやってきた方々が多かったみたいだね、住吉一族もそうだよ。

     

    仲間)住吉一族は、船作りとかの技術ですよね。


    吉岡)そうそう、住吉一族は、船を作る技術をお社を造る技術に転用することで生き残った一族なんです。

    思いを伝えてきた巫女の声が男っぽい言葉遣いだったんで男か女か分らないと聞いたら、「女です!」と言ってました。(^^)


    言葉使いが・・・ワシって言ってたから・・・

    きっと、男気の強いで頑張ったタイプの女性なんでしょうね。


     

    今、この地域で盛んに栽培されている蓮(ハス)も、たぶんその頃に伝えられたものだと思います。

    普通、
    あんな水の中の植物の根が食べられるなんて知らないだろうし、貴重なものだってこともたぶん分らなかっただろうしね。


    誰かが最初の種を持ってこないと、この地域には根付くはずはないでしょ。

     

    この地域の特徴は、真水と海水が混在している土地なので、野菜やアワ・ヒエ・コメの栽培が安定しなかったんだよ。

    北浦付近も何十年かに一度は川の水が溢れたり、海水が荒波で上がってくる土地だったんだよ。

    海水が逆流して水田が全部、埋まってしまうので、稲作をしている人たちにとっては凄く厳しい環境だったからこそ、いくつかの水門を作ったのさ。

    そういう水門を作ると今度は、龍(自然界の神)が水門のせいで行き来できないと泣いていたのを繋いであげたのが2010年の神事だったんですよ。


    考え方を変えれば、土地に海水が入るとミネラルが豊富になり豊かな土地になるので、また違うものが育つ可能性もあるんだけれど、定住している人にとってはちょっと辛い土地だと思いますね。


    (参考)
    2010年11月の関東「東神事」1 霞ヶ浦と北浦の龍  http://blog.yoshiokamanabu.com/?eid=908



    そんな話しをしていると、この地域に住んでいた人たちの思いが身体に乗ってきて、大変ご苦労されていたことがわかりましたので、感謝の祈りをしながら香取神宮へ到着しました。










    ■香取神宮・奥宮の解説

    2010年の神事で紐解いたんだけど、香取神宮がこの土地にある理由は、一番最初に宇宙から神気がこの木に降りたからなんです。

    この大切な神気の木のエネルギーを守るために、このお宮があるんです。
     

    このお宮には、若い女性の魂が一人入って守っているんです。
     

    その女性は凄く静かに守っているだけですが、静寂な神気がここを守っています。

    このお社を右回り1回と左回り1回まわると、身体のエネルギーが違うのがわかるでしょ。
     

    この両方をきちんと回ることによって、(宇宙の)木に意識のエネルギーが繋がるんですよ。
     

    社を両方回ることで見えない門が開くので、この祈りをしないと正式にここの拝みはできない場所です。
     






    ■香取神宮・奥宮メッセージ
     

    行く末保ちつつ、この世、この身、守りしこと、おこがましきかな。
     

    この世守りしこと、この見守ることできぬほど大きな思いとエネルギーがあるからこそ、この身を消して、神と一体になることこそが、この地の神を守る思い。
     

    その思い繋がりまして守りしこと、他の神々の思いなればこそ、ここにはただ一つ、身の蓋もなき、共にあらせらる神の大元との繋がりしこと、その御心一つだけで良きといたしましょう。



    (意味)

    私はここにあるとても大切な神気を守っていますが、自分を守ろうなどという愚かな気持ちは一切、ございません。

    「神の魂」を守るというお役目は、この世の中全てを変えてしまうほど大きな力があるからこそ、この身を消して、神と一体になることでしかこの神気を守る事はできませんでした。

    その思いを理解して下さるならば、どうか、他に祀られている神々の違いを問うのではなく、全ての神々も、全ての人間も、たったひとつの「大元の神」に繋がっている事を理解する事で、心ひとつに生きてはいかがでしょうか?



    とても素敵な言葉を巫女神から頂きましたので、その思いを本殿に繋ぎに行きました。


     


    2014.08.24 Sunday

    関東総社繋ぎ 上野国(群馬県)

    0
      2014年8月10日(日)、関東の仲間達と今年1月から続けて来た「関東総社繋ぎ」の最後で八国目の上野国(こうずけのくに)を回りました。

      ※上野国と書いて「こうずけのくに」と呼ぶ理由は、年末の忠臣蔵で有名な吉良上野介(きら・こうずけのすけ)という人物が管理していた土地だからですが、本名を吉良義央といい、上野介(こうづけのすけ)という呼び名は上野国の実質上のトップである役職名であり、実際のトップは、上野国が親王任国であったため名目上は親王、つまり天皇の皇子がトップ(守)の地位についていたので次席である“介”を拝しました。1641年9月2日、高家旗本 吉良義冬(4,200石)と酒井忠勝の姪(の娘)の嫡男として鍛冶橋の吉良邸にて生まれる。


      ◎総社・総社神社(群馬県前橋市)

      事前に、一宮宣言祈りをした人たちに神社の様子を聞くと、本殿の後ろにたくさんの祠があり、とても気になると言います。











      本殿の裏に回ってまず目に止まるのは、左にある太い樹に雷が落ちているのに、元気に緑の葉を付けてることと、「命を産み出す神の樹」であることが一目でわかりました。



      よく神社の太い樹に雷が落ちることがありますが、雷が神社の樹に落ちる意味は、「天の意思が地上の樹に降りた意味」だからこそ、土地と樹の生命力が強ければ生き残り、以前よりも元気になりますので、この樹は「霊的にとても強い樹」となっていると思って下さい。

      魂を穢す生き方(自らに嘘をつく・先祖を汚す行い)をした方や、命に関わる病気の方がこの樹の下で祈ると、生命循環と命の再生エネルギーによって囚われの思いが外れ、心迷いや痛みが無くなるほど強い神気を持っている樹です。

      通常、こういう強い神気がある樹には人が触れられようになっていることが多いですが、この神社は人間が入って拝めるようになっていますので、心身の病気や囚われ心がある方は強い自然神のお力を借りて自分を御霊を禊ぐお詫びの祈りをして下さい。


      ※一般のご利益信仰の方たちが拝むと、反対に、良くない事が起きる可能性が高いのでご注意下さい!








      ■本殿裏の石碑メッセージ

      それ、奉り申す、神々のおわします元地、たて守りまするこの神々の思い、たて馳せ賜いて、守りし神々の思い、また祖霊の思い、それぞれ違(たが)えはあるものの、抑え守りし、きし守りし、「鬼子母神」の思いもあること、分かり給え。

      母なる神の元、我が子守りし思いひとつとして、土地の全ての御霊守りしこと、神の役目ならば、思い留まりましてのこと、神守りの思いこそ、「鬼子母神」の思いと馳せ賜えよと申す。 


      吉岡の解説)たしか日蓮宗だったと思いますが、「鬼子母神」って、一番怖いんですよ。子どもを抱えたお母さんが形相しているんだけど、子供を必死に守っている強い神です。先人達の御霊を神が守っている意味の場所ですが、その思いは「鬼子母神」くらい強い想いみたいですね。だからこそ、「命を守る、命を繋ぐ思いの大切さ」を一番分って欲しいと神々は言っています。



      ■九十九社

      一つ一つの思いを束ねまするは、この地の守りし祖霊たちの思いだけでなく、あらゆる神の思いを重ね合わせてお守りしておりまする。

      それは「余計なことは言うな」という意味もございますし、また、「国を守るために力を貸せ」という意味もございます。

      そして、この位置に置かれた意味こそが、「守れよ」という強い意味でございます。

      後ろ守り、右守り、左守りの意味を正しく理解するならばこそ、ここに納め守りし神々の思いをどうぞお汲み取り下さいませ。






       

      ■本殿
       

      御心、束ね合わせますればこそ、この地の守りの力、強くなりにけり。

      この地、まとめしこと、国守りしことと同じ、大切な役目があったからこそ、この地の守りは、要(かなめ)。

      北方守りの納めもありまするし、これより南の、東の国守りの役目もございまする。 

      納めしこと、この勢力図の中で立ち位置難しきかなは、力を持ちて管理征伐せねばならぬほど、世の争い多き地まわりに多かれど、その中でも力強きもの守りしことによりて、上野の国の神の元の力は都の神の力にも通ずるがごとく、神の守りと政治の力と経済の力を動かすほどの尽力を果たし、尽くしたものが多かればこそ、この国守られしこと、その思い汲み取り馳せ給えて、国納めの証となしたまえと申す。 

      国納めること、由々しきこと、はばかりなく納めること、これ思惑は一つではないからこそ、心納めし時に、自ずの身のたて明らかにせしこと、願い馳せたまいて思い伝えまする。

       国守りしこと、国番納めしこと、守り繋ぎしこと、よろしくよろしくお願い奉り申す。



      ※総社神社の神様は、私達の祈りをとても歓んで下さり、このようにお礼の言葉を下さいましたし、これから始まる関東全域を愛の地にする神事のために力を貸してくれることも約束して下さいました。写真に写った白い大きなオーブは、この神社を守っている神々の姿です。






      ◎上野国一宮・貫前神社(群馬県富岡市)









      ※一般の方は、山門を潜ってすぐに階段を降りてしまいますが、この神社の素晴らしい守りの力は、左手にある社が守っていますので、必ず最初に、左の社で祈りをしてから階段を降りて下さい。


      ◎二十二末社・・・社領内各地に鎮座していた二十二の末社を寛永十二年御本社の御造営の際に、一棟の社殿にお祀りしたことから二十二末社と称す。





      ◎末社「日枝神社」・・・日枝神社の現在の社殿は寛永十二年以前の旧ご本社の本殿を移築したと伝わる。明治四十二年に近在の氏神である和合神社(田島)、諏訪神社(宇田)、大臣神社(坂井)各社の合祀、大山昨神、他十七柱の神々をお祀りしている。






      ◎末社「伊勢内宮、外宮」・・・内宮、外宮は古くは境内の天狗沢峰通り字伊勢屋敷に鎮座していたものを寛永十二年に現在地に遷座したと伝わる。伊勢内宮は天照大神、伊勢外宮は豊受大神をお祀りしている。



      ■伊勢・内宮   ※内宮が女千木で、外宮が男千木。

      このえ、馳せ給えて、神、賜えますること、おわします神々の思い、馳せ給えよと申します





      ■伊勢・外宮  

      神守り給えと申します。 「コノハナサクヤヒメ」もおわしますゆえに、よろしくお願い致します。
      はやせ神抜き給えて神守りしこと、このおわしますこと、全ての三神、並びに、その後ろ並びする神々の思い給えまして、ここ守りますること、連なりまする神々の思い抑え守りしこと、また受けとめ給うこと、これ、この地から一つのこととなりにけり。
      全ての神の思い同列ならば、それ同じ思いになりまするが、しかしながら、この山の配置を考えるならば、ここに神をおわしますことの意味、深く汲み取り給えとわれ申しまおす。

      なぜに山の頂きではなく、自ずとその谷に納めしことかな、その納め守りし神の思い、深く、深き心の奥底にあるもの汲み取り給えと申しまおす。


       

      ◎末社「月読神社」・・・月読神社の現在の社殿は、寛永十二年以前の旧御本社拝殿を牛王堂として使用し、明治維新以降、月夜見命をお祀りして月読神社として改称した。明治四十一年、近在の氏神である社久司神社(秋畑琵琶澤)、雷電神社(秋畑二ツ石)、湯前神社(秋畑裏根)、近戸神社(富岡市野上)の各社を合祀した。月夜見命他十七柱の神々をお祀りしている。


      ※階段の途中に「月読神社」を持ってきた理由は、国争いや民族争いなどのあらゆる土地の争い心をひとまとめにして、問い心が入らないようにする意味があるからこそ、最高の守り神として働いています。




        ■本殿の左手にある水神  

      水龍、水賜えて神守りしこと、この地納め守り、谷の山よりうち出る神の水、御神水とならずんば、それただの流れ水。

      しかしながら、ここに社、組む時に、これ神水となすことにより、神の思い、龍の思い、水神の思い、ひとつとなりしこと、これ大きかな、高きかな、産み出しの神の玉、「母の水玉」として命変わりてございまする。

      その思い汲み取り給えと、感謝申しあげ奉り申す。







       ■貫先神社・本殿
       
      母ぬき賜えて神賜えて、心の思い、貫き給えし神の思い、胸の心の奥底まで貫き給えしこと、一心の神の思い。

      母の思い、その思いあればこそ、命産み出し育む賜えるための、この地の場所の意味、どうぞ、汲み取り賜えとお願い申しまする。



      解説)凄く立派で、特に後ろの本殿が凄いですね。女千木だし素晴らしい装飾だし、凄くお金もかかってるし、力も集まっています。

      やっぱり上野の国は、特別に力と金があったことははっきりしてますね。よほど神の力、つまり、天皇(皇族)に可愛がられていたということですね。

      公家たちの力も入っているから、どうしても神の思いに政治の力も入るので、この神社はちょっと別格です。

      話してくれた言葉の意味は、過去の全ての思いを山の中腹に納めることで、女性の腹の思いとか、心の奥底の思いという意味で、全ての思いをまとめてという意味で造ったと言っています。つまり、過去の余計な思いを口にするな、過去に囚われるなという意味なのです。

      本来、民を見守る一宮なら山のてっぺんに置いても良いのに、あえて山の中腹に納めることで、それまでに押さえつけてきたいろいろな思いを封じ込める意味もあります。

      この土地を支配し管理するためには、良い悪い好き嫌いだけではなく、人の思いと神の思いを全部同列で並べて納め守っていることが象徴的です。

      さらに力の強い伊勢の天照大神と豊受大神を持って来て、月読命に裏を守らせて抑えこむ意味こそ、敵味方の子孫達が戦わない為の知恵なのです。

      通常、神社を豪華絢爛にすると見栄の戦いが起きそうですが、この神社は天皇家の神力を使ってきれいに押さえ込んでいる場所なので、これはこれで納素晴らしいと思います。

      最後に、「この神社がこのように造られた意味をあなたならわかりますよね?」私が言われた理由は、誰かが言った言葉だけを信じて苦しむのではなく、どんな人にも親が居て先祖がいて家族がいることを考えれば、一人の愚かな思いや言葉だけに苦しんで生きるのは、もう、おやめなさいと言う意味で伝えています。

      だからこそ私は、「この関東の仲間たちが、本気で関東から愛を日本中、世界中に発信する仲間ですので、どうぞ、これから一人一人の行動と導きを宜しくお願いいたします。過去の全ての思いを愛に変える為に、私達は、働きます。」とお伝えしました。




       

      ◎榛名(はるな)神社  http://www.haruna.or.jp/ 

      ※ここは自然界の神をとても強く感じる素晴らしい場所です。

      この榛名神社は神仏習合の時代に、巌山という一字15万平方メートルの境内地に立てられた建物ですが、それ以前は、修験者たちの厳しい修行場でした。今は道が整備され、橋もかけられて簡単に歩けますが、本来は、命の駆け引きが何度も必要なほど強く厳しい自然神たちが守っている神社(かみやしろ)だと思って下さい。



















      ※入口を守る神は私の祈りに対して、精霊達が左上から右下へ姿を見せてくれましたので、この意味は、「神のタスキ=承認」を得たという意味になります。


      「賽神社(さいのかみやしろ)」へ向かう橋から先は、幽界・霊界・神界に入りますので、ご注意を。











      「賽神社(さいのかみやしろ)」の写真に写っているとんでもない数の小さなオーブは、この巌山を守っている精霊たちですので、人間の御霊ではないことをまずご理解下さい。

      ※この場所には屋根があるため、一切の雨粒が入らない場所だからこそ、自然界の精霊達だとはっきりわかります。

      そして、このあと写した写真がすべて真っ白く見えるほど大量の精霊達が写り続けている理由は、私の意識が自然界の周波数に同調し続けたからですが、もう一人だけ、同じような写真を写した男性も、自然界の精霊達に愛される魂を持っている証として写真に写りましたので合わせて公開いたします。

      ※ちなみに、他の方がいくら撮影しても、この小さい精霊達は一切、写りませんでした。


















      ※「双龍門」を置いたことにより、ここから先は「龍の守り」がさらに強くなっています。






















      この榛名神社の本殿は一般の神社と違い、個人のお願いごとをする場所ではなく、「鎮護国家」と本殿に書かれているように、国家安泰を願う人たちが国の全てを見守る神のお力を借りるために、山神と自然界の神力に畏敬の念を持って拝みをするための場所ですので、いくら観光客が多くても自らの志しを明確にして、天の神々が見ていることを意識して祈って下さい。


      本殿の上には切り立った岩壁がありますし、さらにその上に大きな岩の塊が乗っていますが、どうやって乗ったのか、落ちて来ないのかと思えるほど不思議な岩があります。

      その岩を写真に写そうとしても精霊達が多すぎて写らないので、お願いして消えてもらっても、やはり神々のオーブが写ってしまい、綺麗には見えませんでしたので、一般の方が写した写真も公開しておきます。









      私がこれまで見て来た全国の社の中でもこの社は、一切、自然界の調和エネルギーを壊すこと無く、人と自然界のエネルギーが完全に調和していることに驚きました。

      その理由は、この社に詰めて神守りをしている「神主たちの御心と行動」の結果だと思います。

      偶然、仕事を終えて私服に着替え、山を降りる若い神主の行動を見守っていましたが、参拝する人の為に傘もささずに道に溜まった水をかき出したり、ゴミを拾ったりしていましたが、彼にとっては普通の行いだと思います。

      神社(かみやしろ)は、人間が欲で建てた物だからこそ、その場所を守る人たちの心で神気も変わりますが、これほど素晴らしい神気を保ち続けている神社が関東にあったことに、本当に感動しました。

      自然界の精霊達は、山が生み出される全ての命の循環を繋ぎ守る「生命エネルギー体」ですので、「龍の身体の中に入っている意味の霧に包まれた日」に、榛名神社を来れられたことを心から感謝します。









      (特別な場所)

      ※一カ所だけ、山の波動が違う場所を見つけましたが、そこには一切、祀っている物がないからこそ、偶然、その場所を見つけた人は、壁に身体をピタッと付けて、全身で山の波動を感じてみて下さい。山の中に、身体も意識も吸い込まれる体験をすると思いますが、その理由は、この場所が「山の内なる意思」を感じながら、自らを問う場所だからです。




      帰り際まで、精霊達はなごりおしそうに私の写真に写り続けましたが、これだけたくさん精霊達が写り続けている理由は、「見えない命が存在している」ことを皆さんにわかって欲しいのだと思います。

      自然界は、人間の都合に合わせて存在していないからこそ、「見えない物を見せてくれている意味」を理解できた方は、自然界の神々と対話しながら感じた心に素直に生きるようにお願いします。

      自然界は、時おり、人間が戸惑うような事態も引き起こしますが、人間が問われているのではなく、人間の愚かさに気付く為だと理解し、「神は人を問わない」という真理を正しく理解した上で、「人が人を問う愚かさ」に気付いて下さい。

      いろんな知識をたくさん得るよりも尊いことは、「素直に感じる素直な心」だからこそ、自らの囚われ心をきれいにして、物事や人の本質を見極められる人間としてあなた自身が世界を導く愛の人になって下さい。

      世界中の誰もが人間の命が永遠に続く事を願っているからこそ、子供がいるいないに関わらず、20才以上のすべての「大人たちは、愛を創造する責任」があると私は思います。













      このあと、榛名山と赤城山を繋ぐ為に赤城神社へ90分かけて移動しましたが、あいにく、周りがほとんど見えないほど濃い霧に包まれて赤城神社へ向かう山道が通行止めとなっていたので、その場から繋ぎ祈りを行いました。

      どちらの山も、「霧という龍の身体の中に入って祈る祈り」ができたことを心から感謝いたします。

      ※龍は、雲や霧の中に入って移動しています。

      これからの関東神事は、いくつかやり残したテーマを終えたあと、世界のひな形である「日本の龍体のバランスを整える神事」がスタートしますので、ご協力頂けます皆様のご支援を宜しくお願いいたします。

       

      2014.07.13 Sunday

      関東総社繋ぎ 下野国・しもつけのくに(栃木県)

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        ☆下野国(しもつけのくに) 栃木県

        目的地:総社・大神神社(栃木県栃木市)、一宮・日光二荒山神社(栃木県日光市)、滝尾神社


        ◎総社・大神神社(栃木県栃木市)・・・奈良県桜井市の大神神社からの分霊

        主祭神:倭大物主櫛𤭖玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)=大物主命を指す








        (左門神社)盤内戸神・門がための神

        この神社では、何の用件で来たのかを問われましたので、「美しの世を作るためです」と答えました。



        (右門神社)豊盤間戸神・門がための神


        (祖霊)国府村祖先神


        (大杉神社)大山祇神社・農耕神




        (福神社)七福神





        この神社でもっとも不思議な祀り方をしている八つの社の意味を教えてもらいました。

        (室の八嶋・むろのやしま)
        筑波神社・天満宮・鹿島神社・雷電神社・浅間神社・熊野神社・二荒山神社・香取神社



        (筑波神社)茨城県真壁町 伊邪那岐命(男体)、伊邪那美命(女体):結婚・子育


        (神)筑波神社の女体山の祈りをしてくれた命の営みを作る方々なのですね、女性のどんな気持ちを汲み取りになろうとしているんですか?

        いろいろな思いです、それを汲み取るため努力しますのでよろしくお願い致します。
        古い先人の思い、女性たちの思い、表に出なかった思い、それを汲み取りに動いておりまする。

        (神)それならばいくつかの大事な社がありますので、他でも聞いて下さい。



        (太宰府天満宮)福岡県太宰府・菅原道真・学業成就



        (鹿島神宮)茨城県鹿島郡鹿島町、武甕槌大神(たけみかづち)、武道・国土平安神


        いつもの通り、この世の時代の出来事はいろいろありますが、あなた方に分る範囲で良いので汲み取ってあげて下さい。よろしくお願い致します。あなたの後ろに付いている三名の巫女(鹿島神宮跡宮の巫女)のことは分っておりますね?

        はい、分っております。

        そのことをお伝えしたくてお呼びしました。この地には、その三名の巫女もやってきておりますし、そのために必要な祈り、神事もしておりました。そのことを分って下されば良いのではないかと思います。



        (雷電神社)鳴神社、風神、水神、農耕神


        (富士浅間神社)


        (熊野神社)

        この熊野神社は三重県の熊野大社ではなく、島根県の出雲国一宮の熊野大社なので、まったく意味が違います。

        出雲の熊野神社はスサノオを祭神とし、出雲の神主達が集まる事で祭事が始まるほど重要な「火の神」を守っている社です。スサノオの神力の本当の意味は、宇宙からとてつもない大きな力を地球に降ろしたエネルギーの意味だからこそ、人間に与えた自然界の最後の神である「火の神」を守っている意味は凄く大切です。


        (二荒山神社)栃木県日光市、大己貴命、大神神社・神体山


        (香取神宮)千葉県佐原市香取、経津主大神、武道・交通安全

        いつしか来てくれるとは思っておりましたが、やっと来てくれましたか・・・。

        私たちが伝えたいことはたくさんありまするが、その思いを理解するにはまだ少し足らんところがあるようですね。

        でもそれを分ろうとしてくれていることは、嬉しく思います。

        そちらにいらっしゃる方たちの中で、香取の巫女がいるのですが分りますか?(三名が自覚しました)

        この巫女たちにはこれから行う神事のために必要なものを差し上げますので、そのことを心の中、魂の中に入れておいて下さい。

        Aさんには、赤い麻を束ねて赤い布でリボン状に縛ってあるものです。その意味は、全ての神の思いと人の思いを束ねて命の繋がりの力として繋いで下さいという意味であなたに授けられました。

        Bさんには、竹のような木の棒でできた梯子を授けます。それは自分たちでは上がれない下の思いたち、いろいろな方々の思いたちが上がれるための神の階段の梯子でもありまする。その心を持ってあなたがその思いを持てば、どんな思いも上げていくことができますので、その力をあなたに授けます。だから、いろんな思いをどの梯子で導いてあげて下さいませ。

        一番前にいらっしゃる大きなお母さんには、石を磨いて金のように光っている鏡を差し上げます。それがこれからの神事においても大事な役目を果たすでしょうし、皆さんのためにその古代から伝わる鏡をお使いになって下さい。よろしくお願い致します。




        ◎室の八嶋(むろのやしま)の本当の意味

        (吉岡の質問)この池の上にある八つの社の意味は何を意味していますか?

        浮き世の世に浮く神のような思いが、一つはございます。

        それは魔から外す、魔除けの意味で水で切っている意味もありまするが、それぞれの神魂を守る巫女たちの思いもございます。

        それから「八方結界、魔除けを外す、つくる、組む」という意味もございます。

        あらゆる神のバランスを作るこの仕組みは「八つ組の仕組み」と呼ばれておりまして、この地では昔から行っている神事でもありました。

        星の繋がりを持つ者には分るかもしれませんが、八つの星の繋がりを持つもの、そして、ここにはそれぞれの星の繋がりを繋いでいるものもございます。分りますか?

        それぞれの星の繋がりをそれぞれの地に降ろし、魂の星の組み立てによって作る「八方組み立ての仕組み」でございます。

        その力が、この土地の大切なものを守るための力でありますのでよろしくお伝え下さいませ。



        (解説) ここに浮き島のように八つの社で神祀っている意味を今、最後に教えてくれたのですが、一つは水でその魔が入らないように切っているという意味があります、それぞれの神の思いの違いをね。

        もう一つは、もともとここには「八つ組の祈り」があったらしく、その意味は何かというと、一つ一つのお社に神がいるように巫女もおりますと言いました。

        一つ一つの島、神、巫女は、実は宇宙から降りている星を意味しておりますと・・・・

        そして、それぞれの星から来た魂記憶の力を繋いで自分の星の時代のように繋がるように繋いだ場所だからこそ、「八つ組の力」は繋がっているので、その力を全部ここに降ろしてこの土地を守るような神事をしておりましたと言ってました。

        ここは宇宙にみんな繋がっているですよ、一本一本のラインが故郷の星へね。

        星の名前は聞いていないけれど、直接、自分の魂の星からエネルギーを降ろして、その星の魂ラインをここで組み立てているのです。

        だから当然、自分が居た星の魂記憶を持っている巫女たちがここにいたという意味です。

        巫女の魂が入っているという意味は、神魂にその力が入っているという意味なので、その力を使ってここから国守りをしていたみたいですね。

        ここが始まりなのか、元々、あった神エネルギーの場所を後から来た人たちが利用したのかは分らないけれど、元々、この祈りをしていたと言ってました。

        これは、前回の神事でわかった「妙見信仰の北斗七星の七つの星の組み方」の話とは違い、八つの星で組み上げた宇宙の力がここにあるという意味ですで。

        だから意味は全然違いますが、凄いと思います。

        宇宙の記憶を持っていた巫女たちが、宇宙時代に活用していたひな形をここに降ろしたとも言えるでしょうね。

        奈良県の大神神社の山も宇宙に繋がっていますが、宇宙時代の記憶を思い出した方で地球を本気で支える気持ちのある方達は、共に力を合わせてこの地球から愛を大きく発信しましょうね!







        (大杉みこし庫)




        大杉みこし庫の階段に白蛇の置物が置いてありましたが、先月、来た人の話しだとこの間はゴミを燃やすところにこの白蛇はあったそうです。たぶん、個人が持ち込んだものだと思いますが、こういう勝手な行動はしてはいけません。いくら自分の守護霊がそうしなさいと言ったとしても、この神社は個人の場所ではないからです。

        さらに、私達はこの地域の人間ではないので、いくら間違いだと気付いても触れることもできません。この土地の生まれか、住んでいる人でなければ触る責任をとれないからこそ、決して勝手な行動はしないように参加者にもお願いしました。



        (護国神社)
        本殿の左手に護国神社を置くのは珍しい配置ですが、国家を守った英霊を第二の神座(左側)に置く意味は、国を守る総社だからこそ素晴らしい配置だと思います。






        (本殿メッセージ)




        国魂(くにたま)、和魂(かずたま)、幸魂(さきたま)、納め守りまするはこの地のお役目。

        この地、守りたてまえまするは神の思いたてまえまつりますれば、その思い、民の思いと違わぬよう努力しておりまするが その思い足らぬところあれば心から詫び申し上げまする。

        おわします皆々様方の思いはかばかしく感じ取ることできず、心足らずに思うことありますれば、神詫びの手、使わせていただきまする。

        この地のことを問うことなかれと申すものもおりまするが、人の思い、神の思い、役人の思い、またそれ先人の思い重なり合う地なればこそ、どの思いもひと掴みなればそれこれ問う心動くがごとく、大きな心で納め守り汲み取り下されば心より感謝申し上げまする。

        この地に繋がりまする神の思いを問いたければ どうぞお聞き下さいませ。



        (質問)なぜここに奈良の大神神社と同じ神がいらっしゃるのですか? 

        奈良に行かれた大神(おおみわ)の神巫女は、「こちらからの始まりがあり」と言われているとおり、ここの姉が行っておりまする。私はその妹であり、この地を守るためにおりまする。

        その目的は世の計らいの流れによりてこの地の神守りの力で神をまとめ納めよという意味が、後々つきましたが、本来はこの地の神の働きをそれぞれの土地の大切な神の繋がりを繋ぐために、自らの意志を持って動き給うこと、その思いあればこそ、これこの地、東西南北を問わず、この国・国家の安泰および宇宙の繋がりによる力によりて、この島、この国、この国家が世の希望となる、もしくは地球そのものが宇宙の希望の星となるようその神光を発するために動きましてございまする。




        (質問)鹿島と香取の関係を教えて下さい。

        鹿島の巫女たちは、皆々様方が古き神の繋がりを持ちて動き束ねた力のある神巫女たちでございまするが、私どもがそのことについてあまり申すことができぬ部分もございまするが、とても強い祈りの力をもった女性たちでございまする。

        その後にやってきた香取の星のものたちは元々の星の目的が違うからこそ、しかしながら、その意味を人の意味で問えば、七の違いと八の違いになりまするか・・・。

        ようは、この国をどの力で動かすのか、どこへ繋ぐのか、それぞれの星からやってきた魂を持つ巫女たちが、女性たちが集まり、もといた故郷の星の力を使ってこの地からその守りをするために働きましてございます。

        七があってこそ、五の成り立ち、六の成り立ちがなり、七があってこそ八の働きができまする。

        つまり、前後ろ右左のような働きでございましょうか。

        それを民の思いや男たちの思いで言えばいろいろな言い方があるでしょうが、本来はみなこの地から地球を動かすほどの大きな神の力を繋ぐためにやってきたものたちでございまする。よろしくお願いいたしまする。




        (質問)このあと行く滝尾神社(たきのおじんじゃ)について教えて下さい。

        あそこは、水の神がいるところですね、龍が守っておりまするよ。

        そのときの時代の話ですか、それは行けば分ると思いますが・・・

        良いですか、先ほどの八社、池の中の八社の中にもあったでしょう。

        さまざまな降ろして繋いだ力を自然の神の力にし、その自然の中にあるものに神の意思を入れたのでございまする。

        そこには当然、巫女の水行と言ってもよいか分りませぬが、自然の神と一体となる行を毎日繰り返す巫女がおりました。

        当然、火の拝みをする巫女、風の拝みをする巫女、土地の拝みをする巫女もおりました。

        それぞれが違う場所で違う役目をしておりました。

        宇宙の星を守る巫女もおりまするし、降りた場所を繋ぐ鹿島や香取やそれ以外の山の神に繋ぐ巫女もおりまする。

        それぞれが、役目を持っておりまする。

        だからこそ、どの順番でどこへ行かれるかはあなたがたの神の意思、思いによって決められれば良いのではないですか?

        一つからでも繋がることはできると思いまするが、もし時間が許すのであれば、水の神にご挨拶をして下さったならば火の神にもご挨拶を、アメノホヒカリも喜ぶことでございましょう。よろしくお願いいたしまする。

        女心と母心をひとつにして下さいませね。

        それ以外は今日はいりませぬよ。よろしくお願い致しまする。



        (解説)理解できましたか?凄いですよね、歴史で言われている奈良に行ったという以前に、もっと前に、巫女たちの意志で行っていたという話しです。

        たぶん、奈良県だけじゃなくて、いろいろなところに、この日本を、本当に宇宙や地球全体を動かすほどの神のラインをつくるために動いた巫女たちが最初にいたという意味ですが、その力をあとに来た男たちが持っていき組み立ててはいるけど、もともと社はなかったはずですからね。

        本来の神に選ばれた巫女は、ひとつの神を生涯祈り守るものですし、それが役目なんです。

        神に選ばれるという意味は、自分の望みは一切言えないのですよ。

        ある時期が来ると、まっさらな心の状態の時に神が選ぶんです。

        そういう巫女に選ばれたら、一生、命がけで祈りをするものなのです。

        関西神事に参加したある女性の魂記憶で「月の巫女」をしていた女性がいましたが、毎日、夜になると半身を湖に入れてずーっとみんなのために月の拝みをしていた人でした。

        苦しいですよ〜、身体は冷えきりますよ〜、一年中、命をかけてやるんです。

        それが本来の巫女の拝みだからこそ、巫女は「命柱」になるんです。

        もし、祈りの途中で命を落としたら次の巫女に世代交代していくんです。

        だから、本当の意味で「神に意思を合わせる」という意味は、自分の意志ではないのです。

        神の意志、大神の意志と同じ自分になることで、自然にそうなりますが、突然、啓示が降りて明日、東へ行けと言われますので、民族が違っても神の意志が同じだったからこそ、この日本という土地に多くの民族が集まったのだと思います。


        男たちのルールで作り上げた「三種の神器」も、同じ意味ですよ。

        色々な民族の争いの影には、こういう神の託宣で思いを合わせなければいけない時期があったからこそ、日本には色んな民族が集まりましたし、神を統合した訳です。

        だからこそ、一切、争いの気持ちを動かして祈りをしてはいけないのです。


        (お仮場)
        神様が移動される時に一旦、お休みになる場所として伝えられていますので通常なら禁足地ですが、ご降臨地の意味と奈良県の三輪山に繋がる両方の意味があると思いますし、実際に拝む事も可能ですので全員に繋がりのエネルギーを感じてもらいました。






        ◎一宮・宇都宮二荒山神社(栃木県宇都宮市)

        ここでは一人の男性に神様から「男種」を頂き、水の精の循環を祈ってもらいました。







        (日光二荒山神社・二荒霊泉)


        このあたりでは巫女たちがたくさん死んでいるのを感じますし、例の三名の巫女の御霊が守ってくれていますので、全ての調和を整えるテラヘルツ鉱石で空間を調和しました。


        (大国殿)







        ◎滝尾神社・たきのおじんじゃ 祭神:大己貴命・おおなむちのみことの妃・田心姫命・たごりひめのみこと











        日光に付いた瞬間、一斉に御霊達が「あげてくれ!あげてくれ!」と私の身体に集まって来たので、この河の流れを使って天へ上げる事を約束していたため、全員で不浄御霊を光に戻す御霊転生の祈りを行いました。









        (影向石・ようごうせき)

         

        (神巫女メッセージ)

        私たちのことは、よく知られていないようですね。

        この地において住んだ時代が長かったのですが、その後のことばかり言われるのでなかなか分ってくれる人がいなくて私たちはその思いを残しておりました。

        この地まで来るには、大きな理由がありました。


        「この地に、大切なものを守り納めよ」と天より神の啓示がおり、その思いを引き継ぎ、その場所はどこかとあちこち探したあげく、この場所にその神の繋がりをつくるべきだと感じ、水の流れ、天の流れ、気の流れ、命の産み出しができるこの場所の気の思いを大切に守ろうと、とても古い時代にやってきたものたちがおりました。

        しかしながら、そこは宿というか宿房というか皆が住むのが精一杯な土地で食べ物も恵まれず、いろいろな意味で苦労はありましたが、唯一救われたことはこの水が清らかで命を繋いでくれることでした。

        木の実を食べ、動物を狩り、命の循環の中でそそうのないように暮らしをすることが、とても貧しくわびしいことではありましたが、私たちはその生活を苦ではなく、神の思いを支え守るこの地に来れたことに皆、感謝をして平和に暮らしておりました。

        その後に、いろいろなものたちがやってまいりまして、こう問われました。


        この土地にお前たちは何を祀っているのか?、お前たちはどこの民か?

        と問われましたが、
        私たちは名を残すようなものを祀ってはおらず、ただ生きることその繋がりの聖地として天の指示の通りに動いただけでございます。

        だからこそ、その証をたてるものもなく、その分、何を伝えれば良いのかもとても難しかったからこそ、ここの意味を言われると、「水の神」としか誰もが言いませぬが、本当は、天、宇宙より繋がりし、「命の血しぶき、しずく、」そうですね、男神の精のしずくのような意味もございましょうが、それを受け取る母の大地の子宮の意味もあり、その生命の始まりをここからつくりましょうという思いで多くの女性たちがその天の恵み、命の恵み、山の恵み、全ての恵みに感謝する拝みをしておりました。

        その思いだけは分って下されば、とても嬉しく思います。

         

        この地に残されたことは、今もたくさんの精霊たちを通して語り継がれておりまするが、そのことを伝え継ぐ方がおりませぬので、今回、皆様がわざわざ来て下さったことはとても嬉しく思いまするし、その命の繋がり、命の種を拝んでいた方たちが南方の地よりやってきたということもご存知の通りでございます。

        だからこそ、その思いを汲んで下されば魂の繋がりは、どこそこにある植物の精霊と同じく、私たちは同じようにここを見守っておりまするのでそのことを感じて下されば幸いでございます。

        本当に今日はよくお越し下さいました。ありがとうございます。


        美しの世をどうぞお造り下さいませ。ありがとうございます。

        また、新たな始まりでございますね。よろしくお願い致します。

         

        (解説)
        石仏にお酒かけて、五穀豊穣の恵みを伝え、水を社の上にかけて
        命を頂いたことの恩返しをし、塩盛りは、海の神の母の分も添えておきました。

        当時の人たちのことを言えば、先住民というよりも原住民に近い方々ですし、本当に何も持ってないくらい貧しい生活ですが、知恵や知識は高いのですが、文化がないのですごく生きることが大変だったようです。

        それでもいろいろな船を渡り繋いでやっとこの地に来た鹿島、香取、息栖の民族は、後から来た人たちに意味を帰られて染ましましたが、そうとう古い時代に来ている人たちです。

        鹿島か香取、どちらかの物部と同行した人たちと言っていいのか、安房族と言っていいのか難しいところですが、相当古い時代に降りた啓示によって神を納める場所を探していた人たちですし、やっと命の循環ができる場所をここに見つけた人たちです









        (滝尾神社)









        (三本杉・ご神木)

        この三本の木から「こんなに素晴らしい神事をする人たちはいないのでとてもうれしい」と言って下さいました。

        1本の樹がひとつの神のように感じましたし、スーと天まで繋がっている素晴らしさに全員が感動しました。

        本来は、社が無くても、鳥居が無くても、この神気を感じることができる人がたくさんいたはずです。

        今も大切に残っているこの神気をこれからも大事に守って下さることを宜しくお願いいたします。









        (酒の泉)甘く感じる水






        (子種石)
















        今日の
        一日はただただ感謝と感動が溢れた素晴らしい一日でしたので、皆さんでありがとうの直会(なおらい)を行いました。

        直会(なおらい)には、神が同席すると、北海道の神事で教わったからこそ、神酒で感謝をたたえる習慣が今も続いているのだと思います。

        8月10日(日)は、関東総社八国巡りの最後の国にあたる群馬県の上野国(かみつけのくに)で神事を行いますので、土地の皆様・神々様、どうぞ宜しくお願いいたします。
         


        2014.06.12 Thursday

        関東総社繋ぎ 常陸国 3 大生神社

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          鹿島神宮近くで昼食をとりながら、鹿島神宮跡宮の大巫女から一人一人に火の役目、水の役目、木の役目、風の役目、金の役目、土の役目と、地球に大神を繋ぎ降ろす時の映像のおかげで、大昔に、高天原」では陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)を使って祈っていたことがわかりましたし、地球に生命エネルギーを誕生させる時の手順もわかりました。

          私がもっとも驚いたことは、祈りの最中に陰陽マークが対になり回転している映像が見えたことで、ものすごい生命エネルギーが動きだしたので、勾玉は二つがセットで回転させると、「生命を産み出すシステムが始動する」こともわかりました。

          だらこそ、水の役目は関東男神に、火の役目は出雲神の子の魂を持つ女性が与えられ、総社にあった火と水の神を同じ社に祀っている意味に繋がるからこそ秦氏たちもこの祈りをしていたのではないかと思いましたが、もしかすると、反対の意味もあるのかもしれません。
           

          こんな話しをしている時に、突然、巫女の二名に強いカカリが出たので、香取神宮の奥宮から?鹿島神宮の奥宮から?男に潰された女たちの思いがバタバタしているのか?女だけで動かした神事を今後どうするのか問われているのか?など、様々な思いに対して判断し、まずは、男神の筋通しとして関東男神が出雲神の子を通してタケミカヅチ、タケミナカタ、フツヌシにお詫びしました。
           

          しかし、カカッていた巫女はそこでなく、先住民(土人というより先に入って来て住んだ人、※文化は持っていた)の思いだと言い、元鹿島に居た先住民、そして、大生(おおう)神社の何かが怒っていると言いますが、まだ、カカリが取れないままだったので私が巫女の手を取り、両肩にかかっている存在の思いを読み取りました。
           

          すると・・・うなるような声で巫女が怒り出し、怒りの形相をした女性が肩の上に乗っている映像が見えて・・・


          抹殺された巫女達の思いをどうしてわからんのか!!と叫びました。



          そういえば、新しい生命エネルギーは繋ぎましたが、「命の再生祈り」をしていないので、鹿島神社元宮・大生神社で魂の再生をすることを約束し、巫女に許可を得ました。

          殺された巫女たちは未だにその場所にいますし、絶対に、わからないように封印されていることが今回、発覚しました・・・



          ◎鹿島神宮 元宮・大生神社(おおうじんじゃ)






















          本殿を左回りで回り始めると、林の中を見た巫女が大声で泣き出しました。

          その時に巫女が見ていた映像は、周囲の樹木に縛り付けられたまま放置された多数の巫女達の姿でしたが、本殿祈りをすると、さらに三名の強力な巫女が抹殺されたあと、三重の円の中に強力な封印をかけられて貼付けにされている映像が見えました。
           

          この三名の巫女こそ、もっと重要な神力を運んできた女性たちだとわかりました。
           

          ◎勾玉の神力を持ってきた巫女・・・命の繋がりを繋ぐ役目を持っている巫女

          ◎鏡の神力を持ってきた巫女・・・鏡を使ってあらゆる場所へエネルギーを繋ぐ役目

          ◎剣の神力を持ってきた巫女・・・神意思、つまり、男と交わり、命を受け取る役目の巫女。
           

          誰がこんなひどいことをしたのか考えてみましたが、歴史上、神武天皇はニギハヤヒ(物部の祖)の存在を認めていますが、歴史で消せないほど強い力を持っていたニギハヤヒの意味を考えると、ニギハヤヒとこの三名の巫女が深く繋がっている可能性を感じましたし、出雲神の子に降りた三神(タケミカヅチ、タケミナカタ、フツヌシ)との関連も強く感じましたが、今回は女性たちの御霊を浄化転生することに焦点を合わせて祈りました。



           

          ☆鹿島神社元宮・大生神社で封印を開ける祈り☆
           

          世の再生 神魂(かみたま)の始まり 

          巫女の始まり 宇天の始まり 命の始まり

          巫女の封印 解き賜えて 開き賜えて 神光

          むし魂(たま)や  神魂(かみたま)や  光魂(ひかりたま)や 

          神の元  おわし魂(たま)や  神光 


          この言葉を唱えたあと、かけられた封印を解き放つ作業をすると三重の輪の封印が外れて、中心から光が出ましたので、改めて、三名の巫女にこの場所を守って下さることをお願いし、守り神として鎮座して頂きました。

          今でもこの神社は地元の方が大切に守っているからこそ、これからは歓びの神光を放ってくれることでしょう。

          このように封印を開く時には、封印した側の男たちと封印された側の女性達が両者揃ってお詫びと感謝の祈りをするからこそできる神事なのですが、封印が解けたことでこれまで潰されていた女性たちの思いがどんどん出てきていますので、さらに深い部分にある女性達の思いをどうするべきか、現在、継続して関東の仲間達とサニワを続けています。



          封印を解いたことで、もうひとつ重要なことがわかりましたので皆様に公開します。

          現在のように聖地の中に社を造り、参拝する形態を取る以前は、一切、形を残さないで祈っていた時代が永くありましたが、男達の権力支配と同時に女性達の神力を封印するために、「陰陽五行説」を使って神社の中に強力な結界を張りめぐらしていることが判明しました。

          わかりやすく説明しますと、本来、何も無かった聖地に、陰陽五行説の

          土=土地の巫女の魂の上に、木=木の巫女の魂を使って建物を作り、「火の巫女」と「水の巫女」の魂を合わせて「火水=カミ=神」として本殿に祀り、正面に、金=鏡(鏡の巫女の魂)を置くことで、巫女がいなくてもその場所に三次元的な陰陽五行説の命の循環エネルギーを固定するために神社を作ったのです。


          陰陽五行説で造られた現在の神社の本当の意味は、それまで守っていた巫女たちの神力を男達だけでがその神力を継続的に使えるようするために祭祀を司る役は男だけとし、宮司をトップに置き、女性たちはあくまで巫女舞いと神守りだけをするようなったのです。

          だからこそ、現在でもご神体を触れるのは宮司だけですし、宮司の役職を血縁だけで守り継いでいる神社もありほど神社の本当の意味を明かしてはいけないことになっています。  
          ※現在では、女性の神職も採用しています。


          この内容は、決して日本神道や神社の存在を否定している訳ではなく、もともと日本に神を運んだ巫女達の大切な思いを汲み取る重要性をお願いしたいからこそ情報を公開していますので、「神と問わず、人を問わず、自らを問わず」の神心であなたの土地にある神社の意味を汲み取って下さいませ。







          神事が終わったあとの夕焼け空には龍も上がり、彩雲も出て天の祝福を見せて頂きましたが、今回の御霊解放・封印解除神事によって過去の閉ざされた巫女達の思いが開放され、本来、行っていた天地開闢の神事や生命エネルギーを根源神から降ろす宇宙神事、さらには、人間や全ての生命エネルギーを産み出す祈りをしていた巫女達の思いをもっと聞きとる必要があることを感じました。

          私達は過去全ての思いを愛に変えるために生まれた来たのですから、巫女を殺した男を問いたいのではなく、本来、守っていた神力の意味を正しく次の世代へ繋ぐためと、世界中から日本へ神力を運んでくれた巫女の魂に感謝して、「地球を守る為に産まれた女性達に目覚めて欲しい」からこそ公開しています。

          どうぞ、「地球を守る!」と魂の約束をしてきた人達は、過去の思いに囚われず、未来へ向けて愛と希望と歓びを産み出すための行動を始めて下さるようお願いいたします。


           


          2014.06.07 Saturday

          関東総社繋ぎ 常陸国 2 鹿島神宮跡宮・高天原

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            ◎鹿島神宮の跡宮

            御祭神 武甕槌大神荒魂(たけみかづちのおおかみ あらみたま)
            鎮座地 鹿嶋市神野4-1-12



            まず、この「鹿島神宮 跡宮」の資料をお読み下さい。

            ○『跡宮』:鹿島の大神の荒魂を祀る
            その由緒については諸説あり、「鹿島神宮伝記、春験記・鹿島ものいみ由来」等によると、鹿島の大神が始めて天降り給いし所が跡宮で、本宮の祭の前日にこの社を祭るとし、また奈良の春日は御分霊の際、ここから鹿島立ちされたとの伝えもある。また、この社の別名を「荒祭の宮」という。荒祭の宮は荒魂を祀る意味であるが、同時に荒祭は、現祭(あれまつり)・生れまつり(あれまつり)の義であり、神の降臨誕生を意味している。このように、起源、あるいは社名については、様々な伝えがあるが、その創始は、鹿島神宮と先を争うほど古くまで遡ることができるといえよう。

             

            ○物忌について
            この跡宮の傍らに、かつては亀トにより選ばれた女性祭主「物忌」(ものいみ)が住んでいた。物忌の地位は極めて高かった。本社鹿島神宮御本殿の奥深く御内陣に奉仕するのが役目であり、男子の立ち入ることを許されなかった明治維新前までの殿内に於ける奉仕ぶりは、さながら神の妃ともいえるようである。ちなみに物忌は汚れを知らない童女の頃より、男子立ち入り禁止の物忌館に籠って仕女の世話を受けながら、一生を神に仕えたので、神宮へ出勤の途上も、男性の目に触れないよう輿(こし)に乗った訳である。物忌を選定するには、亀ト(きぼく)が行われたが、先ず、物忌後見役である当禰宜家より二人の候補者(六・七才より十二・三才)が出され、百日間の斎戒(さいかい)の読んで選定した。こうして選ばれた物忌は、終身その職にあったから在職も長く、九十年にもわたって奉仕した女性もあり、物忌の数は初代普雷女(あまくらめ)より僅かに二十七人であった。




            次に一昨年の2013年9月15日に、関東巫女と一緒に豪雨の中、対話した大巫女の神言葉をお読み下さい。
             

            ◎鹿島神宮 跡宮の大巫女の神言葉・・・2013年9月15日に実施
             

            卑弥呼との繋がりにつきまして、お話し致します。

            私達が守るこの神は、多くの神を束ね、引き連れ、繋ぎたまいて、この地まで来た者でございまするが、この別名、別枠として飾られ奉りますものは、守りし神々の思い伝えし大巫女のおわしまする御力、賜りまして、お運び致しました事、これ、我の処遇ではなく、神の元の賜いし事となりましてございます。

            その名を呼ぶ事は、正体を明かす事は、それぞれの巫女達も口を封じ、母が誰であるか、また、種元が誰であるかかも明かす事は許されず、その道を勤めましてございます。

            この地おわしまするまで経た地、アワの地、四国、九州、また、その束ねし元の地、朝鮮・中国の民、また、いずこの地より集まりまする沖縄・奄美の民、また、それより古く繋がりまする土地の神巫女達と共に、手を組み合わせ、命を繋ぐ役目と、我一心(一神)に神を繋ぐ役目と、それぞれ分かれておりましたが、この思いは同じ。

            この地に馳せまする神の元地の命(メイ)共にありまするならば、それ関西の地、お運びおわします神の元繋ぎも、また、それ守りし民の思いと同じくなればこそ、その地の思い、またその支えた神巫女達の思い、合わせらるるは、我、嬉しく思いまする。

            その地の思いが決して他我を問う事なく、男を潰す事なく、また、女の性(さが)を出す事なく、神に一心に向き合いまして、心合わせる者達が、新しい国の世の創りの光の柱、一心「御柱(みはしら)」となりまする事、御願いまして、賜りましてこの地の拝み、致しまする事への感謝、奉り申す。

            我々、先祖幾重に繋がりまする事、これ神の処遇でありまするが故に、父母の思い消し去りまして行いまするこの心情、共にその地を歩みました者達の、身、心、魂を、どうか父母の神元の元へお返し下されますれば、幸いに御座いまする。

            ありがとう御座いまする。幸多かれと、我願いまする。




            この巫女の言葉の意味をご説明します。

            話してくれた巫女(神女)の思いは、古い時代に日本の地へ守り継いだ神の思いと巫女達の思いをどうか皆様の魂の繋がりを束ねるように日の本を守る大神に繋いで下さいませという意味で伝えてくれています。

            日本全国に入っている鏡族、倭姫命、卑弥呼のルートはいくつもありますが、それ以外に名前を残さないまま神を繋いだ巫女達が多く居たからこそ、「あなたたちはその大事な神を運んだ巫女達の思いを、日の本へ繋ぎ合わせる事で本来の大神の力を復活させ、日本人の霊性の目覚めと自らの魂の解放を果たして下さい。」と言っています。

            そして、そこには地球を愛し、全ての民族を愛し、人間を産み育ててくれた母神、つまり、地球の内部の意思に繋がっています。

            土地に奉られた巫女の思いや名を残せなかった多くの巫女、そうしてでも神を支えた女性達が多く居たからこそ、この日本の霊性と神力は、世界の民族を束ねる霊力持っていることも伝えています。

            闇に眠る静かな思い、地の底で守る大きな愛、決して表に出せない巫女達の思いを紐解き、繋ぎ合わせることで、全ての女性達の霊性の目覚めと共に、日の本の力で世界の平和と愛を伝える民族として働いてくれることを願っている言葉です。

            どうか、女性達の内なる思いの根底にこの思いがあることに気付いた人たちは、自分が住む土地や産まれた土地の意味を悟り、繋ぐべき、合わせるべき巫女達の思いを自らの魂と繋ぎあわせて下さい。

            決して、男神を倒す事無く、裏で、全ての思いを繋ぐ神事が始まろうとしています。命を産み出した母神の思いと、命を見守る神巫女の思いをどうか、受け取って下さいませ!



            この思いを参加者全員が受けとめて、日本全国の神事でわかったこれまでの神巫女達の思いを携えながら、「鹿島神宮 跡宮」の大巫女に話しを伺いに行きました。



            ◎鹿島神宮・跡宮の神言葉・・・2014年5月18日実施
             

            ☆女性達だけの前祈りでわかったこと

            ・出雲から来た巫女・・・ここにいる巫女は出雲から来た巫女だけではないが、出雲の巫女が解って欲しい事がある。
            ・他の古くからいる巫女は、ここにはない。
            近年の巫女にも能力があった、出雲の巫女だけは男に連れて来られた。
             ※出雲神の子を中心にお詫びと和合の祈りを行いました。



            ☆吉岡の通訳で大巫女と対話☆


            質問)この地に入って来た、民達の順番を教えて下さい。


            あなた達が「安房族」と呼んでいる民達が最も古いと言えましょうか。

            それが、あなた達がわかっている範囲での事ですが、その民達を引き連れて来た、手伝ったというべき民達が「物部」であり、その次、もしくは、その次の供(とも)となり、導きを先導した者が「大国主の一団」であり、他のそれぞれの中国・支那・台湾系の秦氏と呼ばれる方々もそれぞれ来ておりましたが、徒党を組む程の力はなく、それぞれが協力し合って生きておりました。

            「忌部氏」の方々は物部の方々よりも古い時代に来られましたが、そこには神官と呼ばれる男神守りがおり、その周りに女性達がいるような形で我々も驚きましたが、共に神を守る意味を理解し、力を合わせた部分も御座います。



            質問)巫女さま方が、一番最初にこの地に入っていらっしゃったのですか?

            あなた方の言う「太陽神信仰」ではなく、本来、最も大きな神の繋がりを創るために動いたという事は解っていると思います。

            その事については、もうその男性(吉岡学さん)に伝えたので聞いて下さい。

            その後、やって来た方々が、色々な形の意味を持って来て、自分達の守ってきた神の意味と、我々が持っている神力とを統合したがりましたが、やはり、神力は、降ろし繋いだ巫女に繋がり、そして、その巫女が繋いだ土地に繋がり、その神の働きをする巫女の力こそが、神であるからこそ、その事を動き変える事が出来ぬが故に、色々な思いで動かされたという事を、ご理解下さいませ。
             


            質問)この地で行われた「国譲り」について、ご存知ですか?

            それは、大国主を含め、関連する男達の神場争い、土地争い、権力争いの事で御座いましょうか?

            わたくしめ達の中にもその一部の巫女もおりまするし、時によればその敵側の巫女もおりまするが、統合・平定をする時に、それぞれの巫女の代表達を集め、守り、支え、束ねたところが、ここで御座います。

            その守り役をする大番としての大母の役目をさせて頂いておりまするが故に、その力は大きく、どの神々の神官とも繋がりがあるのは確かで御座います。

            ひとつに、鹿島と香取について、「鹿島は元々いた民」と言った方がいいでしょうか。

            早くに、この地に繋がりを作った者達で御座いますが、それより少し遅れて香取の民達がたどり着きました。

            あ、そういえば、香取の民達は、忌部氏を祀っておりましたかね。

            そして、息栖と呼ばれている今の社の民達は全く違う経緯で来ておりまするが、時に同じう心をしているからこそ、その思いで、一緒にこの地を守ったというところが御座います。

            その部分とは別な意味で、「こういう社をここに建てようか・・」など、「ここの場所をここに移そうか・・」など、時の計らいの政略図に動いた社の意味・形があるからこそ、あなた方の言う、国創り・国守り、そして国譲りが、あるのではないかと思われまするが、大きな話しではなく、本来の神地(かみち)の視点から見れば、それは儚き男の支配における思いで御座いまするが故に、心穏やかにその件に目を向ける事は、しなくては良いのではないでしょうか。よろしくお願い致します。



            質問)巫女さま方が、どの様な神を、どの様な方法で、お祈りをしていたか教えて下さい。
             

            古来、宇宙の繋がりを繋ぐ祈りをしておりましたが、その方法はもう(吉岡学さん)に伝えてありますので、どうぞ、やって下さい。

            その場所はと、問われれば、本当はいくつかあるのですが、もう、その姿・形も無いが故に、時の場所を守る事が出来なくなった事もわかるはずでしょう。

            聖地とは、本来、建物は無く、そこにある「気」そのものですので、その事が解らない方達にとっては、すぐにその土地の上に物を建ててしまったり、壊してしまったりしますが、本来は、その地に繋がっているものですので、解る方は、どうぞ読み取って下さいませ。

             

            質問)高天原、また、側高神社について、何か繋がりがありましたら教えて下さい。

            高天原は、その中でも、最も重要なひとつの祈りの場所で、宇宙との繋がりを祈った場所でありまするが故に、そこは、そこでやって欲しい事があります。

            そして、側高神社については、その巫女については、ここで申し上げるべきではないでしょう。

            その方に失礼に当たりますが故に、どうご見聞は、ご自分の中でご確認下さいませ。よろしくお願い致します。




            男達の争いの歴史とは別な意味でこちらの大巫女が教えて下さった大切な思いは、大昔に繋いだ宇宙に繋がるエネルギーを復活させて欲しいという望みだったからこそ、古代祭事場である「高天原」を何とか探して古来の宇宙祈りを復活させました。



            ◎高天原(茨城県鹿嶋市高天原)









            実際に古来の北斗七星祈りを行うには鹿島神宮の跡宮から神役目を頂かなくてはできませんし、7名(女6、男1)が必要な神事でした。

            最初に、跡宮の大巫女から教わった本来の妙見信仰の意味を皆さんに説明をしてから神事を行いましたが、内容は、宇宙の大元の意思を降ろす方法ですし、その過程として北斗七星を使うのだとご理解下さい。


            ☆妙見信仰の北斗七星の本当の意味は、地球が作られた時の原初の星の関係性を表しています。

            地球の回りには、水星、金星、火星、木星、土星という5つの星があり、この5つの星の力の関係性を「陰陽五行説」で説いていますが、実際には、そのあとにやってきた6番目の星から来たウル族が生命を作り出し、7番目の星から来た龍族がその生命エネルギーを地球全体に繋いだおかげで、地球全体に生命循環が産まれました。


            ☆この7つの星のエネルギーを北斗七星に経由させて宇宙エネルギーを固定したことで、地球から安定した祈りができるようになったのです。


            古代、地球創世記に7つの星から転生した魂を持つ巫女達は、世界中を旅しながら必要な場所で宇宙の大元からマスター(母神)の生命エネルギー降ろす役目だったからこそ、その祈りを次の世代へ引き継ぎながら日本まで辿り着きましたが、男たちに意味を変えられた実際の祈り方は、私が映像で教えてもらいました。



            (神事後の説明)

            この祈りは、いくつもの段階を経て宇宙の大元まで繋ぐ祈り方ですが、参加者たちの魂が持っている魂役目が揃わなければできない祈りでした。


            ☆最初に、宇宙の大元からエネルギーを降ろし、自分がいた魂の星を経由させ、北斗七星を経由させ、太陽系を経由することで、地球に7つの星のエネルギーが集結するという恐ろしく大きなエネルギーを動かす祈りです。


            参加者は、祈りの最中に時計回りのエネルギーを感じたり、青い玉(地球)を感じていましたが、最後に「ご光臨」と言葉が降りると、改めてこの場所が宇宙の大元と直結する場所となったことが伝えられました。


            女性は地球そのものだからこそ、女性の祈りは時計回りになって回転しながら上昇するエネルギーを動かしますし、男はその逆で、龍エネルギー(自然界エネルギー)を使って天から生命エネルギーを降ろすのが、生まれ持った男女の役目なのです。


            実際には、もうひとつ重要なエネルギーを動かすのですが、この祈りは命を産み出すように産まれた女性にしかできない祈りだからこそ、あとからやってきた男性達が「神という概念」を組み込むことで天皇にその役目をさせながら影で女性達が支えていたはずです。


            今回は、水、塩、酒、麻で祈りをましたが、最後に、麻を焚いた煙が加わるとさらに生命エネルギーが上昇した理由は、人間にだけ与えられた最後の知恵である「火のエネルギー」が加わったからです。

            ☆この「火のエネルギー」の意味こそ、本来のアメノホアカリのエネルギーを動かした神事だと言えるでしょう。


            さらに、男達が伝えた北斗七星には、別天津神(ことあまつかみ)の造化三神から七神(アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ、ウマシアシカビヒコヂ、アメノコタチ、クニノコトタチ、トヨクモノ)までを意味付けしたという点も覚えておいて下さい。

            全ての神の始まりとされる天地開闢(てんちかいびゃく)の神の始まりを理由づけした証です。


            古代に行われていた実際の儀式では祈りのあとに神事に使った男の子を殺したと思われますが、こういうが命のやり取りをする祈りこそ、本来の原初キリストの儀式なのです。

            古神道が建物も場所も一切、残さずに祈りをしていた理由と同じです。


            今回の祈りは、日本では二千年ぶりに行った祈りだと思いますし、魂記憶を持つ巫女達にしかできないからこそ、その力が欲しい時の権力者たちが、鹿島神宮の大巫女を奈良県の春日大社まで行くように命令したわけです。

            元伊勢外宮のメッセージで、「宇宙に繋がる祈りをした巫女」と呼ばれた女性もこの一人かもしれません。


            この祈りを行ったあと、封印されていた様々な思いがカカリとなって出て来て大変でしたが、その内容は次回お伝え致します。

            つづく


            2014.06.06 Friday

            関東総社繋ぎ 常陸国 1 常陸國總社宮

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              5月18日、茨城県石岡市に地球創生の関東の仲間たちが集まりました。目的は、常陸国の総社である常陸國總社宮で「関東総社繋ぎ」のご報告をする為です。



              この日までに関東の仲間達は、5月5日に東京都内の千代田区(皇居の近く)で震度5弱の地震が起きたこと受けて、関東総鎮守である「神田明神」で神と対話し、日本を守る光岩で天と地の繋ぎ祈りもしてくれてましたので、神々から頂いたメッセージをもう一度、お読み下さい。

              ※5月5日早朝の関東の地震の意味 http://blog.yoshiokamanabu.com/?eid=1597



              ◎常陸國總社宮(茨城県石岡市総社二丁目8-1)

              許可を得て、宮司さんのご先祖に感謝の祈りをさせて頂きました。













              常陸國の事前調査のなかで妙見信仰と同じ北斗七星を使った祈りをしていたことがわかりましたが、この「星宮神社」がその証しであり、後から、本当の北斗七星の祈りの意味もわかりました。

              星宮神社」からは「いつの日か来てくれることを楽しみに待っておりました。どうぞよろしくお願い致します。」とお言葉を頂きました。




              もうひとつ重要な発見は、愛宕神社(火の神)と厳島神社(水の神)をひとつの社で祀っていることです。

              火の神と水の神を一緒に祀っている社を私も初めて見ましたが、この意味は火と水で、火水(カミ)という本来、自然神から生命を頂いていることに感謝する人たちがいたことを示していますので、とてもうれしい気持ちになりました。







              本殿に向かう道の右手にずらっと並んでいる社は香丸稲荷神社を始め、愛染神社(染物の神、縁結びの神)と松尾神社(酒造の神)と祀っていますが、これらは全て秦氏が伝えた貴重な文化ですので、この地域では秦氏達がとても大切にされていたことを示しています。









              本殿の右手には「十二末社」を祀っています。

              左奥から、須佐之男命(スサノオウ)、大山祇命(オオヤマツミ)、猿田彦命(サルタヒコ)、高龗命(タカオカミ)、経津主命(フツヌシ)、大己貴命(オオナムチ)、木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)、少彦名命(スクナヒコ)、菅原道真命、誉田別命(八幡神・応神天皇)、宇気母遅命(ウケモチ)、武甕槌命(タケミカヅチ)。







              常陸国で行う神事は歴史から消えた古い時代にいた巫女達の思いを読み取り、その思いを愛に変える神事をすることが決まっていますので、総社の神様にご報告すると、「どうぞ、宜しくお願いします」と申されました。

              社務所の神主さんからは、こんな話しも聞けました。

              今年は香取さんと鹿島さんの十二年に一回のお祭りがある年でございまして、あのあちらの神様がお二人で海の上で出会われるというお祭りで、フツヌシノミコト様とタケミカズチノミコト様が海の上で出あわられたという、その神話をたどるようなお祭りですので、こちらの総社は関係はしていないんです。

              御船祭(みふねさい)といい、鹿島神宮側では「 おんふねまつる」と書きまして、みふねさい、 あるいは、おふなまつりというふうに昔は言っていましたけど、 香取神宮の方では神幸祭(じんこうさい)という風に、「かみ・ さいわい・まつり」と言っています。

              香取さんから鹿島さんに行かれる方は四月に終わっているのですけれども、今度は鹿島さんから香取さんのほうに向かわれるというのは九月の 一日にあります。ホームページ(鹿島神宮:http:// www.kashimajingu.jp/wp/) で大きく見れるのでよかったら見てみて下さい。


               

              2014.05.16 Friday

              関東総社繋ぎ 安房国(あわのくに)

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                2014年4月20日 安房国 総社繋ぎ



                関東の総社繋ぎを行うなかで安房国については何度も神事仲間と調査をしましたが、あまりに古い時代にやってきた民だからこそ、神の想いを守っている男神から真実を聞き取るのは難しいと判断し、今回は巫女や女性たちの思いから読み取ることに重点において神事ワークを行いました。

                最初は、昼食をとった出雲そばのお店の横にあった神社に呼ばれた「出雲神の子」としての魂記憶を持っている女性が導いてくれた時の神メッセージです。


                1,神明神社 千葉県館山市北条1119






                この度はこの地へお越し下さいまして、まことにありがとうございます。

                国を守る民がいる事を嬉しく思います。

                国を愛する民が来る事を嬉しく思っております。

                皆さんがいらしてくださった事を感謝する神々も人々もおります。

                その事を知っておいて下さいませ。

                私がその子を呼んだのは他の件もありますが、まずは皆様方へのお礼を伝えたくてお呼びしたという事を覚えおき下さいませ。

                その子(女性)をちょっと前に出してもらえますか?


                出雲の子としてこの地におわす神の子の思いを唱え給えて汲み給えて、心の中に入れ給えて、その思いなればこそ、この地における天上天下の支配のもと、苦しみの民もおれば感謝する民もおりまする。

                その両面の気持ちを共に組み入れながら、おのが気持ちを中に入れて、手、心合わすよう、一つの思いだけではなく、自らの魂のお役目をどうぞ果たして下さいませ。よろしくお願いします。


                (意味)
                出雲の方達がこの地を統括する時の天下統一の想いもわかりますが、出雲の勢力によって苦しんだ民がいたことを忘れることなく、今回、皆様たちと一緒に心を合わせた祈りをして下さるのならば、一方だけの視点からではなく、天を守る人たちの思いと地を守る人たちの思いの両面を持って祈りをして下さることをお願いいたします。



                2,安房国総社 鶴谷八幡宮 千葉県館山市八幡68

                祭神:品陀和気命(応神天皇)、帯中津彦命(仲哀天皇)、息長帯姫命(神功皇后) ・境内の社:若宮八幡神社 大雀命(仁徳天皇)、高良神社 武内宿禰命、鹿島神社 武甕槌命、西宮神社 事代主命

                鶴谷八幡宮は、地元の方がとても大切にしていることがわかるきれいな神社ですし、神職の方達によって隅々まで気が行き届いている素晴らしい空間でした。






                ■鶴谷八幡宮   神言葉

                出来ればもっと多くのことを知って欲しいのですが、それが目的ならば仕方ないですね。

                時において必要ならばお伝え致しますが、誰に話せばよいのか・・・

                はい、分かりました。どうぞご参拝ください。ありがとうございます。



                ゆきたおやかに降りすさむ中 ながゆく水のごとく心優しき人々がやって来ました。

                この地を守るためにというよりはこの地に大切な思い、物事を繋ぐためにと申しましょうか、そういう方たちがとても古い時代にやって来たからこそ、今も大切に心を守りたいという方たちが沢山おられます。

                そして、ここには「特別に祀られているもの」があります。

                それはこの地でしか守れなかったもの、それがご神体となっているものですが、その中には「十字架」が入っております。

                そして、その意味を持つ者知る者は宮司だけですからこそ、その思いは明かさずとも今も大切に守られておりまするが、このことを知る者は他におらず、この地を守る神を守る役目の方たちが伝えられて来たものでございます。


                そして、この地の民の思いとしては、地の理によって南方から外房へ行く方々やまた、外房から内房へ入り平地の方に向かう方々の交流の場にもなっていたからこそ、そこそこ昔は栄えたことがございますし、その方達によっては休息、安息の地であったということを憶えておいて下さいませ。


                この地の民は旅人を決して嫌わず、そして去る人もまた心得ております。

                心を休めて下さればと思い、今も観光という産業で発展していることは嬉しいことでございます。

                どうか、その人々の思いも汲み取ってくださいませ。

                いつもご参拝頂き ありがとうございます。

                またどうぞこの土地、人の思いを汲み取る事、よろしくお願い申し上げます。




                ※安房神社の遥拝殿は特に神気が強い場所です。


                (安房神社・遥拝所)

                いつかきっと来てくれるかとは思っておりましたので、よろしくお待ちしておりまする。

                そしていかにも大切にしている場所がいくつかもありまするが、それよりも本筋の知りたいことをしっかり心得てその思いを
                真っ直ぐ向けて来てくださいませ。

                ・・・・・お待ちしております。
                よろしくお願いいたします。




                3,安房国総社 六所神社 千葉県館山市亀ヶ原正木 

                祭神:品陀和気命(応神天皇)、帯中津彦命(仲哀天皇)、息長帯姫命(神功皇后)

                古い歴史を調査するとここが昔は総社だったようですが、国府に指定された時に鶴谷八幡宮に重きをおくようになり、現在では地域の方達が守っているだけの質素な社でした。





                ◯境内の右手にある浅間神社



                ◯本殿左手にあるクジラの骨を祀る社

                ※昔、このあたりはクジラ漁が盛んだったので多くの人達が住んでいましたし、クジラ漁のおかげでたくさんの方たちが生活できたことを感謝する数少ない社だと思います。今もかすかにクジラの匂いがする骨を見ていると、当時の人たちが生き延びることができた感謝の思いを感じます。






                ◯本殿の中

                近所の方が大切にしていることはわかりますが、あまり手をかけられていない様子だったので、できるだけ私達も清掃させていただきました。



                この六所神社へ向かう途中の道の横に周りの風景とは異質な感じがする南国の植物群がありますが、相当、古い時代に御霊達を祀っていたことを感じました。今もここだけ大切に残されている理由は、クジラ漁をしていた民の魂がいることを地元の人達は知っているのだと思います。





                4,船越舵切神社(男)

                海側にある二つの社は陰陽セットで命を産み出すシステムになっていることが、今回の神事でわかりました。











                5,海南刀切神社(女)

                特に、この女性の子宮に似た大きな岩に囲まれた社の空間のエネルギーは強くて、母が命を守り産み出すエネルギーを感じます。



















                6,安房国一宮 州崎神社  千葉県館山市洲宮921 

                祭神:天比理乃很拭覆△泙里劼蠅里瓩里澆海函法ΑΑΩ気量召鮟Д凌澄覆垢気のかみ)と称した。・相殿神: 天鈿女命 (あめのうずめのみこと) 、天富命 (あめのとみのみこと) - 阿波忌部を率いて安房を開拓

                関東の仲間たちによる歴史調査と今回の読み取りによって、とても古い時代にこのあたりに船の一段がたどり着いたことがわかりました。
































                7,安房国一宮 安房(あわ)神社  千葉県館山市大神宮589



                安房神社へ向かう階段の左手奥には、忌部塚(いんべづか)があります。

                ☆忌部塚☆

                (忌部氏について調査)
                忌部氏の先祖は、天磐戸神話に登場する天太玉命に始まる日本開拓の一族であり、四国、紀州、奈良・飛鳥の地の開拓、安房国建国ばかりか武蔵国建国にも大きく関わった可能性があります。館山の海蝕洞窟遺跡や巨岩祭祀遺跡などの古代遺跡群と伝説地は訪れる者を圧倒します。最後に訪れる忌部上陸の地、男神山・女神山と布良(めら)海岸の風景は神話画家・青木繁の心をもつかんで離さなかった神秘の浜です。









                ◎忌部塚より頂いた神メッセージ

                いろんな民の思いを感じる事が出来るか?

                お前達が来るまでに、どれ程たくさんの民達が来たかわかるか?

                その思いを感じる為に来たのか?

                感謝をする為に来たのか?

                何かを調べに来たのか?

                それとも、自分の事か?

                自らの内にある心を真っすぐ立て示せ、表せよ。


                我が地、この地における働きの事は、いろいろ言われているが、それよりも大切な事は、民に知恵を与え、生き抜く為の知恵を、種を、そして、信仰心を教える事が最も大切な事であった。

                その事をどう書いておるかはよく知らぬが、わしらが守ってきた物は、天皇神(てんすめらがみ)に向かう時の思い、そして、その皇神に向かう心が同じくなれば、民、共に働き同じく助け合い、生き伸びる事が出来るという、生きる上で最も大切な知恵を伝え続けた。

                その事が正しく伝わっておけば良いがのう。

                我らが思う民は沢山おったが、物部の祖である者達も、そして、中臣の祖である者達も、そして、もっと多くの民達も・・・

                壱岐対馬の者達も、おったぞ。

                束ねる者達にたくさんの者達が力を貸し、渡来の文化を争わず心を学び合う為に、知恵・学問として、その教育の柱として、神に向き合う崇め賜う心を学びおうておった仲間であったと言っておこう。


                各地に、我らの仲間もおるが、その仲間達も同じ思いであろう。

                その後の世の事はよく知らぬが、我らがこの地に来るまでに、それはそれは長い時代、長い遍歴があってこそ伝えられたものであるし、その思いのみ明かす為に、時、神に向かう時の思いを繋ぐ為にも、神、皇神の命(すめらがみのみこと)なる者が、大切な神の御姿(みすがた)であるとのことに、その者達のことを心の中に常に置きながら、身、心、立てまえて、心の中に、命の鎖を十字架に吊るし、その思いを一つにして天に向け、地に向け、心を合わせて命を繋いでおったわけよ。

                (※原始キリストの信仰があったという意味)

                その事が、まず、世の、この大地の上で生きる上で最も大切な事であり、それがあってこそ、始めて命の始まり、神のルールもしきたりもあるのではないかと、我は思う。

                命こそ、始まりの結び、天と地を結ぶ力もそうであるが、縦の御印(みしるし)、横の御印を繋ぐ、その現れこそが、全ての命を育む大地の証であり、海の母の証であり、天、大元の神の力であり、その全てを合わせ持った皇神の思いこそが、神巫女そのものであり、また、その力そのものであるからこそ、我らが生きる上で、戦う事も、守る事も、殺生する事も、命を差し替える事でさえも、全ては、その神繋がりの証としての拝みをしておったわけだ。

                その事をわかり易く正しく伝え残して欲しいと、我は、思う。


                仲間は、沢山おるぞ。

                多くの仲間達が力を貸して共に同じ思いで動いたはずだが、その事が、今、どのように伝わっておるか?

                わしが懸念するのは、ただそれだけである。

                世に逆い賜いて命を失のうた者も沢山おるが、先人、民、愚かな命の戦い合いをしており、食べ物一つで殺し合う民達に生きる術を教える事こそが我らの使命であると考え、遠き地から渡り伝わったその思いを、我らも信じ、束ね歩いた民の一つであると申しておこう。

                では、今後の事については、また、ゆっくりと、しっかりと、教え導く事とする、よろしく頼みおこう。


                御(おん) 賜(たま)いて 神光(かみひかり)

                御 賜いて 神光

                自らの魂の中にその光ありとて

                その思い、神の一つとなりきやー!


                我が身の心と魂と肉を産み出し、全ての父母の大いなる種の元、また、母の元、神元の命、現れの命として、我、ここに来る者達全てに対し、感謝申し上げる。

                心得賜いて、感謝しせしめたもう、ありがとうございまする。




                ◯安房神社 千葉県館山市大神宮589

                祭神:主祭神天太玉命 (あめのふとだまのみこと) - 忌部氏祖神、 相殿神天乃比理刀很 (あめのひりとめのみこと) - 天太玉命の妃神、忌部五部神:櫛明玉命 (くしあかるたまのみこと)- 出雲忌部の祖、天日鷲命 (あめのひわしのみこと) - 阿波忌部の祖、手置帆負命(たおきほおいのみこと) - 讃岐忌部の祖、彦狭知命 (ひこさしりのみこと)  - 紀伊忌部の祖、天目一箇命(あめのまひとつのみこと)- 筑紫忌部・伊勢忌部の祖、・安房神社洞窟遺跡:斎館裏手に所在。弥生時代の洞窟古墳がある。


                とても素晴らしい神気に包まれた夕暮れの空間には、あちこちから神の視線を感じました。













                ◯下の宮で頂いたメッセージ  ※下ノ谷に天忍日命の仮宮を建てた。


                行く末はかばかしく、この世を明るく導き賜いて神そうろう。

                内なる神賜いて、神賜いて、御賜いて、願い祀るは、我らの願いと同じなり。

                その心一つとなりとて、思いはせ賜えれば、祖先の違いあれど、その思い乗り越えて、思い同じくする民のその力こそが、我らの今であり、これからであるかと、思っておりまする。

                世の計らい賜いて争う事、それ、幼き心と同じなれば、正か誤が、善か悪か、ではなく、本来の神元、人の命、そして麗しき世を創る、その心、それこそが、神の心であり、自らの心であるならば、その答え、自らの中にあると思い賜え。

                我ら申する事なく、御自らの魂の中にその答えありと、我、願い申しつけまする。











                ◯上の宮 メッセージ  ※上ノ谷に天太玉命の仮宮を建てた。 
                 

                人玉(ひとだま)の神気繋がりまして、人の心となりまする。

                人玉には、神心の玉、命の玉、魂の玉が、御座います。

                その、どの玉を持って守ろうとしているかによって、人の神心は違うものではないかと思います。

                わたくし達が運んだのは、「神の玉」で御座います。

                そして、人の心を導く為の心の玉は、また違う者達が、教え導きしております。

                魂の玉、先祖の親元の玉を拝みたおし続ける者達もおわします。

                それぞれの役目を自らが果たす事によって、人の心は成すものではないかと思います。


                おわします玉の、神の玉、行く末の時代にもそれは変わる事なく、どのように名を変えられようと、その神の神力は変わる事なく、どこにあったとしても、どのような年月が経とうとも、場所を変えようとも、その玉の力は変わる事はありません。

                ただ、変わるのは、人の心の玉でございましょう。

                そして、もうひとつ。

                先祖に詫び、感謝する心の玉だけは、誰もが持っている、「命玉」でございます。

                それだけは、誰もがまず始めに、命の繋がりを感謝する事をするものでございます。


                わたくし達もこの場所に着いた時に、まず、ここまで来れた事に感謝する、それは、自らの、それぞれの、親元の地へ向かい、海へ向けて、その故郷(ふるさと)の地へ拝み感謝する事が、習わしでございました。

                ですから、海に向かってある鳥居、もしくは、海に向かって拝む時には、自らの故郷の、魂の命玉の、その元へ感謝する拝みをするという事を、いつも覚えておいて下されば、それこそが、我らが伝えた事の思いのひとつでございます。


                もうひとつにおいて、神の玉の色を問うような事はしません。

                人は人の心を問うように、神の色さえも問う者がおりまするが、本来、神の玉に色などございませぬ。


                純粋、真っ透明な、その光こそが、神の玉で御座いまするが、その上に、何色の色を持って書いたとしても、本来の玉の色は変わるものでは御座いません。


                役目として与えられる色は、御座います。

                それが、巫女達の一人一人の役目となるので御座います。

                それも、選ばれるものであり、自らが望むものではありません。


                神が選ぶ時に、そこに一切の「NO」は言えず、全ての物事に対して「はい」としか言えぬ事、それが、神の誓いで御座います。

                その時に、人間の思いなど、一切問う事は許されず、神の真向かうその心、全ての神の御柱として、守り、繋ぎ、建て祀る者達が、大切に繋いでくれたからこそ、ここまで、この地まで来れたと思い、感謝しておりまする。


                しかしながら、それ以降、神の扱いを、神の社の扱いを、また、神の名の扱いを、男達の世界の言い換えによって変わる時もありまするし、それよりも、生き残る為に、戦いをせねばならぬ時代もあったでしょう。


                しかしながら、本来の神の玉はそんな難しいものではなく、本来、この星における全ての命あるものが、誰もが同じく感謝し、心手合わせ、大元の力の玉であるからこそ、わたくし達が持って来た玉は、それで御座います。


                その事を、心の奥底に留めておいて下されば、誰かを問う事などせずに、全ての起きた事を受け入れた上で、また新しい真玉(まだま)のような自らの心、言葉、行い、そして共にその同じくする者の集い、伝え導き、世の子供達がそれを伝え守れるように、皆さんが、お働き下さいます事を、心から願いまして、今日の祈りの感謝とさせて頂きまする。





                今回、やっとこれまで言葉にできなかった女性たちの大切な思いを聞くことができました。

                この思いを持って、5月18日の神事ワークでは房総半島の東側に入った常陸国(ひたちのくに)の民族の思いと女性たちの魂を繋いで参りたいと思います。




                ★★★『地球創生メルマガ(無料)1000名登録』 http://earthtscu.jp/mail.html 
                地球存続を願う人たちの魂の繋がりは地球を愛で包み込みます。

                ★★★毎月1日、速開都比売(はやあきつひめ)様の大祓祈りを行います。
                 毎月1日、午前11:11と午後11:11に、心と魂と身体の大浄化祈りを行いますので地球創生メルマガにご登録下さい。


                ★★★地球創生基金
                活動資金が不足していますのでご支援金をお願いします。郵貯銀行口座名「地球創生基金」  
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                銀行から郵貯へお振込みは、支店名九〇八 普通預金 口座番号0961355

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                ★★★吉岡学公式ホームページ http://yoshiokamanabu.com

                2014.03.27 Thursday

                関東総社繋ぎ 上総国 飯香岡八幡宮・戸隠神社

                0
                  関東総社つなぎの五国目は、千葉県市原市にある上総国(かずさのくに)へ行きました。(2014/3/16)


                  1、飯香岡八幡宮(千葉県市原市八幡1057-1)

                  飯香岡八幡宮は、白鳳4年(664)一国惣社八幡太神宮と号して創建。

                  祭神:誉田別尊(中殿)、息長帯姫尊(左殿)、玉依姫命(右殿)、猿田彦命(前殿)
                  相殿: 日本武尊・足仲彦尊・経津主命(以上左相殿)天穂日命・中筒男命・事代主命







                  ◎名前のない社

                  祈ると女性の声で、「ようこそ、お越し下さいました」と言ったので、総社まで来られたことに関してご苦労様を言うのは土地の方だと思います。祀り方が本殿神と反対向いているでしょ、普通、本殿を守る神だったら同列、もしくは横に置きますが、本殿を守るような配置なうえに子供の遊び道具を供えているでしょ。これはきっと童神・・・、つまり亡くなった子供たちとか土地を守っていたお母さん、もしくは、元々この神社の巫女という元々を祀っているので土地の方達が大切にしているのだと思います。



                  本殿の左手には、凛々しい社が三つあり、虹色オーブも写真に写りましたが、それよりも問題はこの社のまわりです。









                  (問題1)

                  古い祠や祀った岩をそのまま裏に放置しているのは、とても問題です。



                  (問題2)
                  50cmほどの鉄製の稲荷社の扱いはさらにひどく、清掃したゴミをこの社の回りに置くほど無下に神を扱っています。これは先人である秦氏に対して失礼なばかりではなく、神社の関係者が神を粗末に扱っている証拠です。



                  (問題3)
                  さらにこの奥の草むらの中には「日露戦争慰霊碑」がありますが、参拝しづらい形にしているうえに神場が乱れたままです。

                  このような形で放置している全ての責任はこの神社の宮司にありますが、氏子もこのことを問題にしてにしていないということは、神を粗末にしていることになります。

                  古い社を動かしたり、形を変えたりすると祟りがあると思ってそのままになっているようですが、先人の秦氏が大切にされていないくらいですから先住民の思いについてはここでは何も聞けないと判断し他の神様からもお詫びの言葉しかでませんでした。

                  神社は人々の心を和にする為の場所ですので、神職がサラリーマン体質になっていたとしても、支える地元の人たちの声と、宮司の責任で物事は解決しなければいけないと思います。









                  (問題4)
                  本殿右手にもいくつも素敵な社はありましたが、藤原道真公だけに大きな看板を作っていることを残念に思いました。きっと、善意の寄付によって立てた看板だと思いますので、他の神も同等に認知して頂けるように看板を立てて下さることをどうぞ宜しくお願いいたします。





                  しかし、どれほど神々が私達の参拝を歓んでいるか、光に写っている七色のオーブを見ればわかりと思いますが、地元を愛する方たちはどうかこの不始末を早く改善するよう宮司に進言して改善してもらって下さい。





                  ◎浅間神社の富士塚

                  山岳信仰は山へ登れない方達が厄落とし、家内安全、無病息災を祈る習慣ですので、山に入る前には必ず、禊をしました。ここには実際に、出羽三山から祈り繋いでいます。



                  ◎弁天社

                  本殿裏手にある弁天社の回りは水が流れるように作られていますが、水も無く、ゴミが散乱していましたので、仲間の女性がゴミを拾うと神様はお礼に彼女に玉を与えて下さいました。どうぞ、皆様も神様が歓ぶ行動を実践して下さい。





                  ◎御影神社

                  本殿の真裏の御影神社はとてもきれいにお祀りされていましたが、神主がお供えをしているというよりも、どなたか個人で行っているという感じがします。もともと現在の本殿の場所に、御影神社の神様がお祀りされていたそうです。



                  (御影神社メッセージ)

                  この地治め守りしこそ、これ時計らいて給いしこと、この地の治めが守りの神役目果たしておりまする。

                  御たてまえて、おわしまする皆々さまの思い、心より存じておりまするがゆえに、感謝申し上げたてまつり申す。

                  ご苦労様でした。ご参拝ありがとうございます。








                  もうひとつの総社とされている戸隠神社へ行きました。

                  2、国府総社 戸隠神社(千葉県市原市惣社4丁目9-8)

                  祭神:思兼命・天手力雄命・表春命





                  山の上にあるこの総社は、人がいないのにとても良い神気が溢れている場所でした。駐車場から鳥居を潜ろうとすると、大きな七色オーブがいくつも姿を見せているので、歓迎されていることを感じます。



                  ◎浅間神社富士塚

                  ここに仲間が登って祈ると、天からまっすぐな光が降りてきました。とても、素晴らしいことです!





                  ◎祓戸神社メッセージ

                  この思いと共になりて、この禊業となえますること心より感謝申したてまつり申す。もと給い払いましてのこと、これ一つ唱えましてのこと、おわします神々さまのこと、お力添え頂きますこと、心より感謝申したてまつり申す。御自ら払い給え、清め給え。

                  ※珍しく樹木を祓い神として祀っていますが、後ろの樹の根の力強さを見れば恐れを感じるほど神気があります。





                  ◎琴平神社メッセージ

                  この地治め守りしこそ これ時計らいて給いしこと、この地の治めが守りの神役目果たしておりまする。御たてまえておわしまする皆々さまの思い、心より存じておりまするがゆえに感謝申し上げたてまつり申す。




                  ◎伏見稲荷大社

                  本殿の右手の丘にある伏見稲荷には、「大祓祝詞」も祀られているほど秦氏のことを大事にしています。

                  神の地として治め守りし事をする役目としている、つまり、もともと秦氏が守っていた土地に他の民族が運んで来た神を守っていると神が教えてくれました。

                  ここはもともと神降りの場所だったようで、その思いを上手に感謝する形にしている知恵が素晴らしいです。






                  ◎天神社メッセージ

                  末はかばかしく 世の広がりを守り給うは神の役目があり。

                  御御魂の計らい給いて 神光守りしておりまする。

                  神光繋がりまするは、御光のごとく、おわします山々、

                  土地、海、川、すべての恵みと繋がりまして、

                  御身たてまえ祀りまするは、

                  神の元を御心すこやかにはばかりまして、

                  健やかなる世の働きなさいませと我申す。






                  ◎本殿


                  この総社 戸隠神社は、ちょっと先住民の匂いがしますね。神々の話しを聞いても、もともと守っていた秦氏や先住民をちゃんと大事にしています。自然神と繋がる凄い力を戸隠の力で守っているので、凄いですよ。

                  飯香岡八幡宮は人の念がすごく入ってたけれど、戸隠神社には全然入ってないです。

                  ここが国司があった場所なのは確実ですが、二つの総社のエネルギーが全く違う事に驚きました。

                  飯香岡八幡宮は、皆が参拝しやすい場所に置いたというか、関所みたいに人が人を管理したり、お役人がいたような感じがします。かな。

                  反対に、戸隠神社は凄くシンプルで権力的なものを感じません。

                  本来の神気とは、人の念が無くて、ちゃんと誰かがその場所を整えていれば保たれるものなので、気持ちがある方は、地元の人に許可を得て清掃などをお手伝いすると良いと思います。

                  本殿神はお礼だけ言って下さいましたが、神社は地域の人の心が映し出されるので、皆さんも自分ごとに考えて、氏神を大切になさって下さいね。




                  今日のもう1つの目的は、ヤマトタケルと先住民への感謝祈りです。

                  前回の相模国総社神事でヤマトタケルが先住民の血筋であることが判明しましたし、ヤマトタケルは少数の家来を従えて、高貴な身分を隠しながら平民の姿に変装し、先住民の長たちに武力ではなく説得するために相模国から上総国へ船で渡る際に、相模国の領主の娘であった弟橘姫が海に身を投じた思いを共有しました。

                  日本は、宇宙や地球でありとあらゆる経験をした魂が今日の日本に集まってきているからこそ、地球創生としては、地球の思い(地球内宇宙)と宇宙の思い(地球外宇宙)を全て受けとめて愛にできるのは日本人にしかいないことをお伝えしています。



                  (皆さんに説明した内容)

                  1)ヤマトタケルの思いを受けとめる。
                  関西の豪族を大和朝廷に統合する際、ヤマトタケルは武力で行ったがそれはとても厳しく大変な道のりであったからこそ、関東十二ヵ国の東征においては武力ではなく話し合いの道を選び、地元の領主たちを説得したヤマトタケルの思いを受けとめる。

                  2)弟橘姫の覆いを受け止める
                  記紀では、海神の怒りを鎮めるために入水したとされる奥様の思いを受けとめる。

                  3)ヤマトタケルに従った家来たちの思いを受けとめる。
                  武力ではなく話し合いにより先住民を説得できた背景には、知恵のある従者の存在があった。その気持ちを受けとめる。

                  4)先住民の思いを受けとめる。
                  ヤマトタケルを受け入れた先住民の思いを受けとめる。





                  3、白鳥神社

                  祭神:日本武尊と弟橘媛


                  伝承によるとその昔、日本武尊の東征にあたり妃の弟橘媛が浦賀水道に入水して嵐を鎮めたとされ、日本武尊は房総半島に渡り民を苦しめる阿久留王を征伐したとされています。東征帰途、日本武尊は亡くなり、白鳥となって当地まで飛んできたため民が白鳥神社を創建したとされています。 鹿野山を構成する三山のひとつ白鳥峰の山頂付近に建っていますが、神々と対話すると伝承とは違うことがわかりました。













                  ◎弟橘媛神社



                  この地 愛でる神を讃えますること この地 愛でる人を讃えますること 

                  この地 愛でる人たちを包み込むこと これ私の役目であり 

                  この地に祀られし人たちの思いであり 

                  それこそが その地を愛するものたちの思いであるとご理解下さいませ。

                  私はいかようにも 何をしようとも思ってはおりませぬゆえに 

                  必要なことは殿にお聞き下さいませ。よろしくお願い致しまする。






                  ●ヤマトタケルの神言葉

                  神うり 神うり 神うり依りまして この地に降り立ちまするは

                  神の計らいにて この地統制のおりの御礼と給いて 

                  その思いを馳せと 祈り給いて 繋がり給い地 

                  この地の民の思いと繋がりしこと この媛の思いにも繋がりしこと 

                  これ我の思いとなりしこと 納め給いて 神祀り給いて 

                  この先祖の思いを奉りこと これ土地給い地 

                  祀り事 致しまする者たちの思いとなせばこそ 

                  依り給えて神むしろ 給えて風吹き立つは飛ぶ鳥のごとし 

                  思い馳せ給いて この地の民の思いを汲み取り給えと我申す

                  弟橘媛のこと 思い馳せ思わくば 

                  この地の民の子として産まれ その地の思い馳せ給いて守りしこと

                  これ我を 支えし思いの深き愛となりて 悲しみとあらず

                  我の喜びとなりて感謝の意を示すものとなりにけり

                  おわしまする申し子給えわくば その子の思い多かれど

                  その思い世の子の為に引き継ぎ給いて 

                  繋ぎ給いて愛すること 愛でること 

                  産み出すこと 支え守ること この意味伝え給えと我申しまする 





                  ●阿久留王の神言葉

                  神むすび 高みむすび 神むすび 給い 給えて 結び給いて

                  神の遣いしものとして迎え入れ給いてございまする 

                  神の遣いしものとして 受け入れしたく思いまする

                  その趣旨 所以解くならば 並々の王その名を唱え 

                  その名の統制たるにおいた目的とは 世の計らいて

                  民の思いを平定し この世の争いなければ 

                  命 五穀の恵み賜りて 部族の争い行わず 

                  世の計らい給うて守りしこと 神のお使いの御印持ち歩きゆけば 

                  それ我らの繋がりの元となるものの 証であるがゆえに

                  こと個人を纏わず その先祖の繋がりたるを持ちまして

                  世の明るみに出ることなく その繋がりの血の証を保ちまするは

                  世の計らい給うて 守りし長たちの中でも 

                  長の子として認められし この証を持つとして 

                  大切な髷と珠を 勾玉を持ちましてございます
                   



                  世の計らい給いて 運びし纏めしものたるものの証として 

                  髷の結び目にあるもの その印 髷の証こそが 

                  世の証 長としての目印あらば これ誰ぞ問うことなく 

                  世の計らい給いて納めしものの仕いとなりて 

                  示されれば 我 従うにしかあらず 



                  お役目ご苦労さまですと 世に仕えはばからずを持ちて 

                  もてなしをしよの統制に使わくば これ我の役目となしまして

                  一族の思い馳せ給えて 支えましてございまする


                  きっといつかは このことが 証めしとなればこそ 

                  その思い 出雲神の子としての 証の印でございますれば 

                  世の長たちにしか 通達あらず 


                  国治めの勾玉の髷を持ちましたる王の証 

                  ゆえに 治めしこの地の守り 写し世の時を経ても消えぬよう 

                  お守りいたしておりますることをありがとうございまする

                  むしや むしやのたまむしや 


                  神むすびの繋がりにて 先住民と言わるるば

                  それもまた仕方なきといわるるし 思い馳せ給えと我申します



                  (最重要)

                  この阿久留王の神言葉によって、ヤマトタケルが出雲の先住民の血を引く王子であったことが明かされました。

                  先人達が大切に守って来た多くの思いを携えながら、日本の未来が歓びになるような神事を今後もすすめていこうと仲間と話し合いました。ありがとうございます。




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                  2014.03.16 Sunday

                  関東総社繋ぎ 相模国総社 六所神社・弟橘媛

                  0
                    関東三つ目の総社、相模国の六所神社へ向かう車の中で神言葉が降りました。(2/23)


                    ◎ヤマトタケルと弟橘媛(おとたちばなひめ)について

                    昔々のとある話しでございます。

                    行く末遠き時代を眺めて、置くべき場所に、納める場所に神を運ぶ者達がおりました。

                    その者達は、何者も装わず普通の人として移動し、その神を納める場所を探しておりました。

                    その命(メイ)を受けた男性は多くの思いを持っておりましたが、その思いを果たすには身を明かす事を許されず、その思いを理解し、味方を増やすしかないという事で、常に自らが一般人であるかのような振りをして立ち振る舞いをし、皆の中に溶け込んでいく努力をしました。

                    その中で、村の長に会い、また力のある者達に会い、これから行われる事に力を貸してくれませんか?と、お願いをしながら、その地の民の協力を得て、国家平定の為に働くべき役目を果たしておりました。

                    その名を宮簀媛(弟橘媛)の夫としての「ヤマトタケル」と言われるのならば、そう言われる名前でありましょうが、実際は、その名前ではなく、他の名前で活躍しておりましたが、その名前を明かす事が出来ぬ訳もございます。

                    それは、多くの民の思いと、指示命令を出した王の思いと、その王に対する反逆の可能性を問われ疑われていたからですが、自らの潔白を示す為にも、多くの味方を引き連れて統合せねばならぬという思いの為、何度も何度もこの地(相模国)まで足を運びました。

                    その時に、色々な者達がそのご苦労を尊重し、幾人かの女をあてがいましたが、その中で中々選ばれぬ事が多く、よくぞ嫁いでくれたと言われたのが、あなたが今朝調べたその女性で御座います。(弟橘媛のこと)

                    その女性が河に身を投げたと言われておりまするが、その意味が少し違っております。

                    それは、あらゆる災いが彼に掛からぬように、魔を払い、そして自らの禊をする事で、全ての魔を押さえ込む為にその海の底へ自らを納めたので御座います。

                    その思いたるや深く、それは、愛の証であり、石を抱えて海へ飛び込む姿は、誰が見ても涙を誘うもので御座います。

                    しかしながら、その思いさえも背負いながら、東方にまで足を延ばす為に、その道険しくならぬよう、沢山の民の力を借りるように、上手に話し合いと、土地の長(おさ)達の力を借りる為に、ご苦労された事を解ってあげて下さい。

                    この地(相模国)における扱いはとても上品であり、あまり大きな戦を起こさなかった理由は、彼が歩いた道のりの中で、厳しく険しい扱いをされた方達もいたからこそ、自らの力や、やってきた事を固持するのではなく、力を借りる、共に仲間として働いてくれぬかと、相談を持ちかけるその知恵こそが、和合平定の力であった事を皆に伝えて欲しい訳です。

                    この地(相模国)には、あまり大きくヤマトタケルを祭る所は御座いませぬが、その思いがあったからこそ、平安無事にこの世まで続いていたという事を皆に知らせて下さいませ。宜しくお願いいたしまする。ありがとうございますございます。


                    ※この神言葉は、相模国の伝説に残る弟橘媛(おとたちばなひめ)の思いを理解して欲しかったからこそ降りた神言葉ですので、参加者全員に神の思いを伝え六所神社へと向かいました。

                     


                    ◎相模国総社 六所神社

                    第十代崇神天皇の頃、出雲地方よりこの地に氏族が移住せられ、この地を『柳田郷』と名付け、氏族の祖神たる櫛稲田姫命を守護神とし『柳田大神』と称しました、御創建は崇神天皇甲申の歳と伝えられております。

                    大化改新後、奉遷歴勅を以て相模国八郡神祇の中心たる、相模国の総社として現鎮座地に遷座いたしました。 その時より、柳田大神に、一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、平塚八幡宮の分霊を合わせ祀り相模国総社六所神社と称されるようになりました。







                    ◯古事記』の水の神様、弥都波能売神(みづはのめのかみ)を祀っています





                    この土地にお住まいの皆様は、忠魂碑の隣の社の裏側にある隠れた「稲荷社」をご存知でしょうか?



                    この稲荷社には御霊たちが集まっていたので愛の光を入れると、古くからこの土地を守っていた秦氏の巫女の魂が祀られているのを感じました。色々な諸事情があったのでしょうが、まだ社が残っているだけでもありがたいと思い、感謝しました。



                    ◯ご本殿の神様は私達の来たことをとても喜んでお礼を伝えて下さいました。




                    ◎神揃山  ※六ケ所の神様が集まる古代儀式の場所













                    古代儀式を再現する祈りを行うと、ものすごく大きな神エネルギーが降りて来てとても喜んで下さいました。




                    ◎高来神社 

                    朝鮮半島の高句麗から来た人たちの錬金術師たちによって日本は大きく発展しましたが、その人達を祀っている神社ですので、感謝を伝えました。




























                    ◯相模国三之宮 比比多神社











                    この神社の後ろにあるスートンサークル(環状列石)は墓場ではなく、大切な情報や自然エネルギーを集約して他の場所へ繋ぐ役目があることも読み取りでわかりました。

                    ※石の配置や空間エネルギーから情報を読み取ることが出来る人ならわかるはずです。

                    ここでは先住民の人たちへ感謝する祈りを行いました。




















                    ◯寒川神社 末社 宮山神社

                    ※神の意味を間違うなよと言われました。









                    ◯相模国一之宮 寒川神社 

                    ※ここの神様も感謝のお礼の言葉のみでございました









                    ◯有鹿神社(あるかじんじゃ)

                    後ろに川がありますが、もともとはもっと大きな社があったことが書かれていますので、大切な働きをした神様がいらしゃいます。













                    相模国の神々は、これから私達がしようとしている関東総社繋ぎの意味も、先住民の感謝の思いも、そして、先住民のあとに文化や神の概念を運び入れた民族の思いさえも正しく理解し、過去の全ての思いを愛にしてくれることを私達も願っていると伝えてきましたので頑張ります!

                    ◎関西・東海・関東の移動期間中に、ソウルカウンセリングやアカシックレコードを受けたい方は日程調整しますので、いつでもメールでご連絡下さい。

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                    2014.03.15 Saturday

                    関東総社繋ぎ 下総国総社 六所神社

                    0
                      関東全てのお母さん神を繋ぐために、下総国総社の「六所神社」へ行きました。(2014/1/19)

                      ◯下総国領域:千葉県北部、茨城県南西部、埼玉県東辺、東京都東辺(隅田川東岸)

                      ◯祭神は以下の六柱 。大己貴尊 (おおなむちのみこと) 、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)、素盞嗚尊 (すさのうのみこと)、大宮売尊 (おおみやめのみこと)、布留之御魂 (ふるのみたま)、彦火瓊々杵尊 (ひこほににぎのみこと)。





                      総社のわりに驚くほど質素な作りの社で、左側にある石仏の思いを読み取ると違和感を感じました。







                      神社は常に政治や軍事的な侵略によって様々に扱われますが、大きな神社の扱いを間違うと土地に住む人たちの神心に影響するからこそ、先人たちの心の支えとなった神の思いを正しく理解することは重要です。

                      神の思いと人の思いを整える為にも何故、こういう扱いになったのかを本殿の神に聞いても詳しいことを言わないので、「国繋ぎ一宮宣言祈り」をした関東の男性に調査を依頼しました。



                      すぐにウイキペディアで調べてわかったことは、1,神社の場所が移されている、2,元々の場所は陸軍の演習地になった、3,元々の場所は現在スポーツ場だとうことが分かりました。

                      通常、総社のような大きな役目の神社を動かすと土地神を怒らせるため災いが起こりやすいので、相当、大きな力が働かないと総社は動かせないはずです。

                      天皇家の南北朝の絡みか?政治の力か?陸軍側からの強制力があったとしても、神社庁を脅せるほどの立場の人でなければできない仕業だと思いました。

                      この場所の六所神社は一番お金のかからないように建てられていますし、本殿左手の祠も墓石にしか見えない粗末な扱いなのに、反対に、下総国一宮の「香取神宮」はとても立派なので総社の扱いとしてはひどいと思ったので千葉県の神社庁に下総国の六所神社のお札が買えるかを確認するようお願いしました。



                      (関東在住の吉田調査員の中間報告)

                      ◯下総国総社の六所神社の神様の思いに気づくべく、国会図書館、有栖川公園の都立中央図書館、市川市中央図書館で調査。

                      ■調査の視点・広がり
                      ・陸軍研究の文献
                      ・市川在住者から記述された民話伝承
                      ・神社を記述した文献


                      陸軍の動向

                      教導団移転の流れ
                      ・陸軍歩兵大佐渡辺央が東京は武学生の教育には不適当の地であると論じ、有楽町周辺に散在している教導団各隊を江戸川に面した里見義弘の居城跡に集結させたいと建議する。・陸軍省は渡辺教導団団長の意見を取り上げて省議を開き、千葉県葛飾郡国府台へ移転を決定した
                      省議の内容とメンバーを調査予定例えば、有栖川宮親王は陸軍大将にして伊勢神宮の祭主の経歴、時期が離れますが梨元宮家も陸軍大将にして伊勢神宮の祭主。そういえば、日本の植民地支配は日本神道も戦略的に組み込まれていたと聞いたことがありますし、陸軍と日本神道の繋がりも少し気になります

                      軍用地の整備
                      ・教導団の移転が決まった時点で、国府台の六所神社があった土地を「西練兵場」用地として急きょ買収したとのこと 1885年、明治181月頃、郡用地の建築図完成、2月下旬に地ならしに取りかかる予定と新聞が報じる1885年、明治18519日、陸軍卿伯爵大山巌により教導団歩兵大隊千葉県下国府台に移転;が通達される(「法令全書」より)→只今、詳細を調査中ちなみに;「壱大日記」という資料に民有地買い上げ文書で・明治18511日内務卿伯爵松方正義名義で陸軍大山巌宛・明治18922日内務卿伯爵山縣有朋名義で陸軍大山巌宛の通知があったようです六所神社の土地買い上げ文書も、それほど違わない名前があがるかもしれません。

                      軍用地整備の労働力;
                      ・教導団が国府台へ来るにあたり、千葉の刑務所から囚人を連れてきて、三角山や射撃場、練兵場を使えるようにさせたとのこと道路建設、兵営の新設、東練兵場や射場も建設、市川松戸道・旅団坂も囚人に作らせたようです。そのため仮の刑務所を国府台の天神さんの裏、通称、監獄山に造り、麦の入ったむすび一個で一日中、足を鎖で繋がれ、激しい労働をさせられたそうです囚人のお墓もあるようです。

                      「西練兵場」での訓練内容;
                      ・「西練兵場」は、国府台の「四角の森」といわれる六所神社の跡地付近で、手榴弾の投擲訓練などが行われたり、ガス室があって、防護マスクを付け独立工兵第二十五連隊がガス訓練などをしていたという。西練兵場傍のプラットフォームでは、野戦重砲兵部隊が牽引車や大砲の貨車への卸貨訓練などを実施していたようです戦車が坂から落ちて人が亡くなっているようです


                      六所神社の変遷

                      国府台の六所神社
                      ・祭礼1020 1883年前に現在の国府台1丁目、府中の森(「四角の森」「六所の森」)の北に鎮座していたとのこと真間弘法寺の北の字「府中」にあり「古代〜中世の国府」に関連する由緒ある神社だったとのこと。六所之宮との呼び名も戦国時代は里見氏、北条氏、千葉氏の守護を受けていた、徳川氏からは朱印を賜った。

                      徳川家康が敗れて逃げてきたときに百日祈願をし、次の戦いから勝つことができたとのこと、徳川よりももっと昔の武士も先勝祈願をしていた

                      六所神社は、武士からは「戦の神様」ともみられていたようですが、地元住民からは「(下総国総社というより)国府(地域)の守り神」と見られていたようです。

                      市川在住の方々のいろいろな文章を読んでも、村や町単位の意識(対立意識を含む)が強くて、下総国としてまとまった社会文化的意識・規範はあまり感じられませんでした。六所神社は、中世以降の地元住民の意識の上では「下総国の国府という地域にある守り神・氏神様」という位置付けかもしれません。


                      中世以降の市川、背景知識 

                      ・古代〜平安頃までは国--郷という規則的な律令体制が機能していたが、中世になると関東・下総では辺境の軍事貴族、武士が発生し、国下に郡・郷・荘・保という「所領」が併存していたようです。

                      ・平将門ら辺境の軍事貴族は国府と直接交渉をもち、従わない国府は時に戦火の巷になったといいます。下総国府もほど近い相馬郡に本拠を構えた将門の脅威にさらされていました。

                      ・平維良の乱では実際に下総国府は灰塵に帰しているようです
                      この灰塵の中から地域を復興した原動力は、各地の豪族的領主の開発で、下総国は豪族的領主・千葉氏に連なる人々が中心となったようです。

                      つまり、中世市川界隈は、所領の領主単位の支配力・帰属意識が強く働き、国府・国衙には国単位の支配力・帰属意識はあまり強くなかったようです。


                      中世下総の代表的な領地;

                      ・国衙領:真間・国府・府中・市川・須和田
                      ・八幡荘:曽谷・大野・中沢
                      ・公領:栗原郷
                      ・行徳:下総国一宮の香取神社
                      ・夏見御厨などそれぞれ暮らしは分かれていたようです。


                      六所神社の移転

                      1886年、明治19年に境内が陸軍用地になったため須和田に移転。
                      ・六所神社跡地は陸軍教導団の「西練兵場」となる。
                      ・拝殿の前には「イチョウの木」があって、須和田に移転後もしばらくは参道の両脇に並木道が残っていた。参道は、商大の中から市立第二中学校の方へ松の林の中にあったとのこと。
                      1950年、昭和25年に野球場ができるときに「四角の森」「六所の森」を壊し、六所神社跡の地面も調査せずに深く掘りおこしてしまう。


                      六所神社の管轄と氏子

                      ・昔の区画では現在ある市川・国分・曽根・貝塚などという地名はなかった。六所神社は古くは印旛郡六反田村と須和田村の二つの村を守護していた。


                      六反田村、六所神社跡地
                      ・現在の真間5丁目の区域は、明治初めまでは六所神社の氏子だった。 六所神社が須和田に移転する際、六反田村の花沢、藤城、栗山、清水、山崎、富川、富川、富川の8軒は、どこまでも六所神社を信仰するために「真間5丁目14番地(いなほ幼稚園の近く)45坪の土地」に六所神社の分社を建てた。鳥居もある。花沢さんの土地が一番広く、元の神社の真下にあることから、花沢さんが中心となり六所神社の分社を建てたという。分社の祭日は本社の祭日に併行して「1015日」とのこと。


                      六反田村、真間へ統合
                      1951年、昭和26年、大字・字の名称廃止のため、新たに町名や丁目制を実施した際「国分に加わるか真間に加わるか」を花沢さんたちは問われたが、その時は国分が嫌いだったため、全員一致で真間を選んだという。


                      須和田村、六所神社の移転先
                      ・印旛郡の須和田村には増田、田中、三橋、山崎、松塚と桑原の六軒があって、本家の家長はみな「〜衛門」とついて増田彦衛門、田中久衛門、三橋むくえ門、山崎左衛門、松塚五衛門という名前だったそうです。桑原は神主で「いずみの守」という名前だったそうです。


                      須和田村、国分へ統合
                      ・その後、須和田村は国分村に合併、六所神社の氏子は国分村の須和田を中心に、市川、真間、根本(現在市川四丁目)の鎮守になっていた。


                      国分村の氏神様
                      ・国分の氏神は日枝神社で龍珠院の坊さんが管理人、明治に神仏が別れてからは葛飾八幡宮が神主、現在は白幡天神社が管理しているとのこと。


                      須和田の六所神社
                      ・須和田二丁目の地には元々は「鷲の宮」(おとりさま)があったという。・須和田二丁目のお宮の北側に「鷲の宮うしろ」という字が残っていた。→1951年、昭和26年、大字・字の名称廃止。元々「鷲の宮」(おとりさま)があった地に、現在の国府台1丁目から六所神社が「ヨイショ、ヨイショ」と担がれてきたという


                      須和田村の桑原氏の出自
                      桑原氏は、元々、現在の埼玉県の葛飾地方・古利根川流域の出自で鷲宮神社(おおとり様)をおまつりしていたそうです。その後、利根川を下り、下総国府・国衙の在庁官となり、下総国一宮の香取神社の神事にも出席する「国府の六所神社の神主」となり、国衙領の領主であったという説があります桑原氏は、陸軍による六所神社移転の際、六所神社神主から六所神社氏子総代になったようです。


                      今後の調査
                      ・来週から陸軍の内部資料に踏み込み、教導団移転の省議を調べます神祇全書の内容を精査して、下総国の「総社」と六所神社の関係を調べます印旛郡と葛飾郡の関係性もおさえていきます。

                      ※下総国六所神社の氏子総代のマスダさんにお電話して、いろいろお話を伺える約束をいただきました日時:217()10:00 場所:六所神社境内 当日は祈年祭ということで、氏子さん皆様勢揃いということです事前に本殿向かって左にお祭りされている神様の名前が知りたい六所神社のこれまでの変遷について知りたい、とマスダさんにお伝えすると私(マスダさん)はあまり詳しくないんだけど、資料がいろいろあるから用意しておきますとのこと。奉納酒を1升持って行ってきます。


                      アポイントまでの経緯

                      千葉県神社庁の返事 http://www.jinjacho.or.jp/連絡先:0432613293
                      ・六所神社のことは葛飾八幡宮の神職さんに聞いて下さいとのこと。

                      葛飾八幡宮の返事 http://katsushika-hachimangu.com/連絡先:0473324488
                      ・六所神社は葛飾八幡宮で管理しています。
                      ・六所神社のご朱印は、葛飾八幡宮で書きます。
                      ・六所神社の御札は毎年12/27に氏子総代のマスダさんに頼んで下さい。
                      ・六所神社の質問はマスダさんにするとよいですよ。
                      ・マスダさんの連絡先も聞きました。


                      六所神社の氏子総代マスダさんへの質問の内容

                      ・移転後の境内の配置について
                      ・現在の本殿に向かって左側にお祭りされている全ての神様の名前と位置を確認します。本殿に近い側で、月読宮と水神社の前に配置されている神様も確認します。


                      民族の思いを解きほぐす
                      ・ここの神様が「いつ頃から」「どこから」分祠されてきたのかを確認。

                      猿田彦は移転前のご祭神で、「大己貴命、イザナギ尊、スサノオウ尊、大宮乃賣命、経津之御魂、天津彦火瓊瓊杵尊」の六柱を国司の国内参拝を簡略化するために下総国各所から合祀したと文献にありました。その他に移転前の境内には末社が四社あったようです。

                      修験系の神様は、市川市の伝承で埼玉県秩父市(吉田の生まれ故郷)の三峰講の話があがっていました。三峰神社との関係を確認します。ちなみに、移転前の所在地・国府台(こうのだい)は鴻之台という表記もあり、ヤマトタケル縁の地名だそうです。秩父と三峰神社もヤマトタケルとご縁があります。その他、六所神社に縁があった千葉氏、北条氏、里見氏、徳川家の氏神様も調べて確認します。


                      移転前の六所神社縁起と境内配置
                      ・平安〜中世〜明治と、境内の配置がどう変化してきたかが分かれば理想的かなと思いますが、中世の下総国国司は藤原北家の方だったとのこと。


                      六所神社移転時の経済状況
                      どうして社の扱いが粗末なのか、かなりデリケートな内容ですので、明治政府の仕打ち・外堀から埋めていくのが定石かもしれませんが、氏子総代からどうひきだせばよいのか、正直、考えただけで気が重たくなりましたが、幸い良い文献にあたりましたので次に紹介します。


                      「国府台旧所在の六所神社について-古代から近代までの展望
                      市川市市立歴史博物館の学芸員さんが書いた研究報告書ですが、領主神主だった桑原氏が家に伝わる古文書の整理を歴史博物館に依頼して、その資料に基づいて書かれています。


                      報告書のポイント
                      ・明治政府が日本の近代化「富国強兵」を進める過程で、日本人の精神的支柱として国家神道の確立を目指して、版籍奉還廃藩置県廃物毀釈・上知令を打ち出して、江戸時代までの旧体勢を再編成していきます。

                      ・下総六所神社も上知令で明治4年に社領を取り上げられて神社経営の基盤を失ったようです。
                      移転が明治19年の話ですので、明治政府の政策で地域全体の経済的余裕がまったくなかったのであれば、現在の六所神社の姿もありえるでしょうか。

                      明治政府以前の要因としては、中世の任期切れの国司の土着化により生まれた地方貴族、すなわち平将門の脅威や平維良の乱による下総国の国機能の分断や荒廃が挙げられそうです。というのも、明治政府が近代化を進める際の再編成ですが、既に統制が国単位で効率的にとれている地域でしたら、地域のトップ集団を入れ換える、あるいは抱き込めば効率的に済みますが、明治政府視点で千葉県の歴史をみると、それがまったく不可能な位に分断・細分化してたのかなあとも感じられます。一方で、隣町の下総国総鎮守の葛飾八幡宮が繁栄し続けたのは、源氏徳川家ラインの後ろ楯の力かと思われます。



                      市川市歴史博物館学芸員への質問
                      ・研究報告書を書いた学芸員さんにも質問調査をします。


                      明治政府の政策まとめ
                      □1876(明治9)国家神道の流れ 
                      http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#/search

                      ・日本近代化の過程で、欧米を研究したところ、欧米は軍隊・産業だけでなくキリスト教が軸だと気づきました。日本ではどうあるべきかを考え、財政安定化のため、土地・人民・宗教の一元管理に走ります。その過程で、版籍奉還、廃藩置県、キリスト教の弾圧・廃物毀釈・上知令が出ました。


                      □1869(明治2)版籍奉還
                      http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%89%88%E7%B1%8D%E5%A5%89%E9%82%84
                      ・土地と人民が明治政府の管轄になる。大名が藩知事として残る。


                      □1871(明治4)廃藩置県
                      http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E8%97%A9%E7%BD%AE%E7%9C%8C
                      ・欧米列強の植民地化を免れるため、明治政府が年貢を全て取り仕切る ・大蔵大輔大隈重信が新国家設立には「軍事」、教育、司法、財政の確立が必要と主張。・「藩知事統治の藩」から「中央政府より派遣された官吏統治の県」へ移行。長期的には「律令の世・官吏〜武士の世・地方領主〜明治政府・官吏」の揺り返し。


                      □1871(明治4)上知令 
                      http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%9F%A5%E4%BB%A4
                      ・神社仏閣の所領が明治政府に取り上げられる。


                      2月17日の氏子さんの酒宴が始まった頃に私は到着し、遅れはしましたが、お話をいろいろ伺うことができました。皆様ありがとうございます。

                      結果的に、 神主さん・氏子の皆様には私が奉納したお酒よりも私が揃えた六所神社に関する文献資料がお気にめしたようでむさぼるように大いに盛り上がりました。というのもご出席の氏子の皆様は年配の方々でしたが代が変わっていて縁起のこと、移転当時のことが伝わっておらず皆様、六所神社の出自にうえていたというわけです。

                      神主さん・氏子の皆様からは 六所神社の末社や移転当時のお話はあまり聞けませんでした。むしろ、私が調査結果を大いに報告する形になり次回、6/30の大祓いにもまた来て下さいねと約束を頂きました。以上




                      このように詳細な調査をしてくれた吉田さん、本当にありがとうございます。この続きは、地球創世SNSで公開するとして、氏子の皆様とのご縁が今後の人生において良きご縁が広がる神計らいが必ず起きると感じています。

                      皆さんも今回の調査内容をお読みになってわかるとおり、本気になれば先人たちや神の思いを自分一人でも正しく理解することができることを理解できたと思いますので、地球を愛し日本国を愛する人達は自分の意識を高めることばかりに気を向けるのではなく、一番大事な足元を守る神の視点に気づくためにもあなたが住む氏神様や産土神、一宮や総社の神についてご自分で調べてみて下さい。

                      祭神が変わっていたり、移転していたり、人間の勝手な理由で大切にしてきた思いをねじ曲げている社も多いので、先人たちのや神の思いを理解した人たちは、必ず、目に見えない存在の守護と導きを感じるはずです。

                      神社を中心とする人の繋がりの大切さは、自分や家族や住む土地の人々との強い絆を持つことで、結果的に何か土地の問題が起きた時に守り合う知恵になったり、生き延びるために必要な人間関係も構築できます。

                      本来、「神社の存在理由」にそういう目的があったこともご理解下さい。


                      私達大人は時代が変わっても大事な知恵を次の世代へ引き継ぐ役目があるからこそ、土地を守る「神」という視点を通して学びあうことで大切な人間関係を作り上げて下さい。

                      我々の命を守って下さるご先祖たちや神たちが、願うことはただひとつです。

                      「あなたは決して一人で生きているのではない」からこそ、遠くに住む親や家族に恩返ししたい気持ちを身近な人達とコミュニケーションを深めることで恩返しをして下さい。


                      地域に住む子供たちを自分の子供のように同等に育てようとする大きな心の大人たちがいることで、ご近所の安全を守る人間関係も生まれますし、お金を払う側、もらう側という関係を超えたところで、人としてお付き合いが広がるのも神社が存在する良い点です。

                      都会化し、核家族化し、人と人の接点が薄れた時代だからこそ、人と神を同等に愛する人たちが神社を大切にしようと思うことで育む知恵も生まれますので、どうぞ、お祭りの時には役員席のお年寄りたちに声をかけてみて下さい。

                      誰かが無償で準備をしているおかげで、ひとつの小さなイベントが次の世代へ続くのですから・・・

                      いつも、ありがとうございます。




                      ☆☆☆過去の全ての思いを愛に変える地球創生勉強会と神事ワーク☆☆☆

                      ☆4/12(土)関西勉強会 16:00〜18:30   参加費¥3500
                      テーマ 「関西に
                      神を運んだ倭姫命」 会場:新大阪 ココプラザ講義室405

                      ☆4/13(日)関西神事ワーク 10:00〜17:30  参加費:¥5000
                      目的:「三輪山神事 3」  場所:奈良県三輪山周辺神社
                      ※初めての方は勉強会に参加が条件


                      ☆4/14(月)愛知勉強会  18:00〜20:30  参加費:¥3500
                      テーマ「熱田神宮の事前調査」 場所:個人宅


                      ☆4/15(土)愛知神事ワーク 10:00〜16:30  参加費:¥5000
                      テーマ「度会氏の思いを聞く」※場所は前日の勉強会で決まります 
                      ※初めての方は勉強会に参加が条件


                      ☆4/19(土) 関東勉強会 18:00〜20:30  参加費:¥3500 
                      テーマ:「関東に神を運んだ安房族
                      場所:北沢タウンホール 研修室2(下北沢駅徒歩5分)

                      ☆4/20(日)関東神事ワーク 10:00〜16:30 参加費:¥5000
                      テーマ:「総社つなぎ 安房国」  場所:千葉県市原市周辺
                      ※千葉県の方は初めてでも参加OKです

                      ※参加希望者はメールで氏名・年齢・携帯電話番号をお知らせ下さい。


                      ◎関西・東海・関東の移動期間で、ソウルカウンセリングやアカシックレコードを受けたい方は日程調整しますので、いつでもメールでご連絡下さい。


                      ★★★ポータル光の家族「地球創生SNS http://sns.prtls.jp/earthtscu/home.html
                      地球を愛する人は自分と他人と神仏を愛する人たちです。ルールはひとつ、「一切、他人を非難しないこと」。(月525円)※登録月は無料


                      ★★★『地球創生メルマガ(無料)1000名登録』 http://earthtscu.jp/mail.html 
                      地球存続を願う人たちの魂の繋がりは地球を愛に変えます。


                      ★★★毎月1日、速開都比売(はやあきつひめ)様の大祓祈りを行います。
                       毎月1日、午前11:11と午後11:11
                       ※心魂体の浄化をしたい方は、地球創生メルマガにご登録下さい。



                      ★★★地球創生活動の資金が不足していますのでご支援金をお願い致します!
                      郵貯銀行口座名 「地球創生基金」  
                      郵貯から郵貯へお振込みは、記号19070 番号9613551 
                      銀行から郵貯へお振込みは、支店名九〇八 普通預金 口座番号0961355

                      ★★★書籍「白龍の神導き 沖縄 宮古島・伊良部島」 好評発売中!




















                      ★★★吉岡学公式ホームページ http://yoshiokamanabu.com

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