熱田神宮が作られた本当の理由 3 ヤマトタケル
2014.06.03 Tuesday 11:11
前日のサニワで重要な話しをしましたので、皆様にもご紹介します。

(愛知勉強会のサニワ情報)

もし、アメノホアカリが大国主、もしくは出雲系に大きく関わっているとなると、出雲と九州の隠された因縁に関わるので、すご〜く納得がいきます。

大国主がツクヨミの巫女を半分、百済系に譲った理由は、百済からきた一団の王が、自分の母の血筋の息子だから殺せなかった訳ですし、相手の神力を認めるしかなかったからですが、本当の神力は「裏の力」で支えられていますし大国主はスサノオもツクヨミの力も持ってるからこそ、関西まで出雲系の巫女達が行く必要があったのです。

これは初めて公開する情報ですが、大国主がすごい力を持っている理由は、もともとは九州から来ている民族で、出雲から始まったわけではないからです。

現在の日本の神力のルーツは大きく三つのルートから入った力で支えられていますが、一番大きな神力は、沖縄経由で九州に入ったルートなのにそのルートが消されているからこそ、私は沖縄ラインの神力を繋ぐ神事を2008年に行いました。

宮古島にいらっしゃる新城定吉さんは数十年前の啓示で、宮古島の大神島にアマテラス様がいらっしゃって修行され、そこから伊平屋島に行き修行され、それから九州(宮崎)の日向に登られて修行され、 それから伊勢に行かれたという啓示を受け取っています。

実際に、新城定吉さんにお会いして詳しい話しを何度も聞きましたが、宮古島にもいくつか大和番(ヤマトに感謝拝みをする場所)の御嶽があるので、宮古島、出雲、伊勢と全部一人で繋ぐ神事をしますと報告すると、「比瀬(びっし)ウタキ」から、金刺の入ったきれいな反物を頂きました。

比瀬(びっし)ウタキの女神様からは、その一本一本の糸にはいろいろな民族の思いが入っているので、どうぞ、その人たちの思いを束ねて下さいという神の思いを教えて下さいました。


出雲と沖縄の繋がりはとても古い時代からつながっていますので、沖縄の古い時代の祈りをする人たちは「出雲の信仰」を勉強している人たちがたくさんいます。


ヤマトタケルが、もし、アメノホアカリ系だとすると、物部、住吉、尾張、津守、綾部の系列に入りますし、物部系は日本全国の西からも東からも入っている民族だということを覚えておいて下さい。

今回の愛知神事のあとに関東の房総半島にある常陸国(ひたちのくに)の神事を行いますが、あの一帯は全て物部系の民族が住んでいた場所ですし、房総半島の外房には物部系の人たちが支えた強力な巫女がいたからこそ、鹿島神宮の巫女が奈良県の春日大社へ行き、神となりました。


春日大社は藤原一族が平安京時代に何百年間も守りましたが、神事のなかで藤原一族のルーツをたどると同じ志しを持つ物部系であることがわかりました。

本来、物部系は原始キリスト意識を学んでいますので平和主義だったはずなのに、関東から入った中臣鎌足を祖とする人たちは権力を持つ朝廷側に入ってしまったからこそ、多くの物部系から恨まれてしまっています。

長野県の諏訪へ行った民族もそうですが、あまりに強力な神力を持っていたために、当時の天皇・公家たちは近くへ置きたくなかったからこそ、諏訪の地に住めといわれた人たちも同じです。


北九州にいた安曇族や穂積族は強力な一族でしたが、ある時期に、急に日本の勢力図が変わったからこそ、裏になってしまった強い神力を守っている人たちであり、「アメノホアカリ系」の人たちだと考えられます。

たぶん、京都の元伊勢外宮を見ると秦氏一族もまとめていたようですので、すばらしい民衆信仰だったのだと思います。 

そのあとに、武力と権力による百済系の勢力がやってきたため、それまでの民衆信仰が全て歴史の裏になってしまいました。
 

朝鮮半島に居た「高句麗民族」のルーツは、ヨーロッパから陸路でやってきた鉄の鋳造技術を持っている一団(沖縄ではカニマン)ですので、当時、武器を作るのに都合が良いからと中国や朝鮮や沖縄や日本を支配したい人たちは、力で支配するか、味方に付けようとしました。

神奈川県や出雲の地にもこのカニマンの血筋がハッキリ残っている神社がありますが、実は、伊良部島の先祖ルーツをたどると、沖縄で唯一、琉球王朝から「男神の神事を許されている特別な土地」だということもわかりました。


伊良部島には700年前から住み始めた民族の歴史が残っていますが、そのルーツは久米島に行き着きますので、たぶん、高句麗のカニマン集団だったからこそ、琉球王朝の王様が「祭祀は男でも良い」と唯一、男神の許可を出したようです。


沖縄の琉球王朝が成立するまでは領土争いが激しかった為、勝ったほうは負けた男たちの首を撥ね続けて、王様を守るため神ごとはすべて女だけにしてしまいましたが、琉球王朝(1429年から1879年の450年間)が成立後、唯一、沖縄全土で男神が許されたのは伊良部だけなのです。

沖縄の神ごとを正しく理解するには大きく別けて三つの時代の影響を受けていることを理解する必要がありますが、そのひとつが、この「カニマン」と呼ばれる錬金術の力を持った人たちの力があります。

もうひとつは、「琉球古神道」と呼ばれている中国の唐時代に入った、「うーとうとう「御唐、御唐)」と呼ぶ拝みをする人たちです。

これは沖縄本島を中心とした権力図に守られた信仰形態ですが、「琉球古神道」にはとても大事な神歴史が記録されていますし、その信仰のあとに中国からやってきた人たちが450年間ほど琉球王朝体制を続けました。

つまり、琉球王朝時代の前には、「うーとうとう「御唐、御唐)」の拝みをした人たちがいて、その前には、宮古島に残っているカニマンのルーツもありますが、後から来た支配者たちは過去の書物を全て燃やしたので今は何も残っていませんが、10年通い続けてやっと古い神のルーツにたどり着きそうな気がしています。


伊良部島でもうひとつ重要な発見は、数十年前まで身体にイレズミをしていた人たちが居たという事実です。

アイヌ民族と同じようなイレズミをした人たちは南方から渡ってきた人たちですが、素晴らしい信仰心を持っていたことを考えると、この人たちが伝えた信仰心が物部一族と同じ原始キリスト信仰を持っていたと思われますし、「ヒヌカン」や「アメノホアカリ」に繋がっている可能性があります。


では、もし、「アメノホアカリ」の信仰のルーツが宮古島に残っている信仰と同じだとすると・・・それが「ヒヌカン」だとすると・・・これまでの神事で降りた神メッセージで「大国主の子」という表現をした意味を考えると、大国主もアメノホアカリ信仰だったのかもしれません。

だって、それまで唯一、日本全体を制圧できたのは出雲系だけなのですから・・・。

今も、日本中に出雲系の神社は残っていますが、諏訪でも関東でも古いのに力が強くて消せない神力が残っているほどです。


本当のことをいうと、出雲系とか、物部系とか、沖縄ルートと言ってますが、実際に大きな神力を運んできたのは男ではなく、神巫ですが、その神巫女達の思いを紐解くのがもっとも難しいからこそ、こうやって重要な男神に確認をとりながら真実を探しているのです。


古事記には、ヤマトタケルがお兄さん(大碓皇子)を殺したという情報もありますが、それは違うと思います。

2013年の愛知神事で直接、お兄さんからお言葉を頂きましたが、お兄さんが猿投山の所に祀られてて、すごく身体が弱かった人だということがわかりました

本来なら次の世を引き継ぐべき景行天皇の長男が愛知まで来て亡くなり、そのまま祀られているのもおかしいと思いませんか?

宮内庁が正式に認めているなら、もうちょっと立派に扱うと思います。

これまでの流れからすると、景行天皇は百済系の天皇ではなく、アメノホアカリ系だとしたら、とても納得がいきますよね。


大国主の実態については、九州の先人たちの思いもあるのでまだ全てはお話しできませんが、日本神話を作りあげる上で天皇家に関わるもっとも重要な部分は九州に隠されていますので、全ての神事が終わって大神の許可が下りたら九州の紐解きができると思いますので、それまで情報の公開はお待ち下さい。

色々な推測を含めてお話ししましたが、歴史上、もっとも存在が不明確だと言われている人の一人であるヤマトタケルに直接、重要な事を聞いてみることにしましょう。




◎白鳥五陵(愛知県名古屋市熱田区の白鳥公園に隣接する古墳)

6世紀初頭に築造されたと考えられている前方後円墳で、法持寺のすぐ隣に位置する。かつては法持寺が管理していたが、明治9年(1876年)からは熱田神宮に、戦後は名古屋市に管理が移された。














(神口上)

上げ奉りまして神守りし事、この地の魂守りし事、心より感謝申し上げ奉り申す。

この地おわします魂の元、繋がりましてのこと、お言葉下されば感謝申し上げ奉り申す。

御おわしまするはこの魂、この地守りし繋がりし事、日本武尊とされておりまするが故に、

この魂に嘘・偽りなければ、その事お答え下れば神もとの繋がりとなりまして感謝申し上げ奉り申す。

御身、御働きたまいて、この世に伝わりし事、この魂のルーツ、命もとのルーツ明かされず、

明かす事無く言葉の意味変えられて伝えられているが故に、その元、おおもと正したまえとたまわり、

おおもと正しましのこと、言葉の重きかな儚きかなを弔いましてのこと、

心沈めさやかに合わせたまいて心お許しのこと、お答え下されば感謝申し上げ奉り申す。

思いはせたまいて神むしろ、思いはせたまいて神むしろ、山立て 国立て 思いはせたまいて、

この地治まりまするは国の為となりしこと、おわしたまいて時の権力重きこと、

これ影無きこと思惑いくばくもありきこと、それ彷徨いたまう御霊たちのひとつとなりし事、これ悲しかな。

問われること思いはせたまいて、国たまえの思いとなればこそ、

心一つに合わせたまいて国守りしの灯りほやかに全てのもと、

道筋たてまえまして明かしたまえしこと心より願いたまいまする。

宮簀姫様より、天火明命についてのことお聞きいたしましたが故に、

思いはきたまえしこと、天火明命の道筋たまいし、民族のもと地、同じとなればこそ、

また大国主のことまで言われるその思い、僅かなれどもお話し下されば幸いにございまする。

重き魂、治めし事、神守りの思いひとしめやかに儚きを持ちてたまいまする。

我、多きかな、大国主の魂持つ者、その明かしたまえてお教え下さいますれ。





(ヤマトタケルの言葉)

重きこと、これ多きこと、計らいて国の抱えし事のため、働きなくばこれ国治まらず、

我のこと、問われし者おるならば、それ悲しと我思う。


国の為、世の為、儚き民の思いの為にと心合わせよと、鉄則の力を束ねる為に奔走し、

東へ西へ動きたまいて南下し、またその熊襲(くまそ)の地よりいずきました先祖の弔いの思いが大きく肩にのしかかり、

おわします国たまえて守りし神魂の、大国主と呼ばれし魂の者より命をうけ

儚きかな一族を連れたまいて奔走いたしまするは、時におりて、

物部の力も借りながら時におり、住吉の力も借りながら、

安曇の地のもとの思いはせたまえと思いまして、

大国主の思いと合わせたまいて、我、奔走いたしましてございまする。


国もと改め世となればこそ、敵国、哀れなき力・制圧かけるならばと国戻る事無く、

亡き母の地守りし事、これ、民連れて歩くは故郷捨てるも同じく、

母の地守りし安曇の母に繋がりし事、大元の魂束ねよと、ことごとく合わせし事、

これ、天叢雲の思いと束ねたまいて剣を渡され、神の導き争いなくば、

その名を消したまえて国守れよと言われし役目、儚きこと。


おわします兄じゃの思いもあればこそ、御意を湧く身体病になること大きい故、

我、その身に変えて国を束ねし役目、仰せつかりし事、束ねし民の思い口にすることなく、

治め守りし敵国の思いに八つ裂きの心持ながらも、争いの心ではなく説き伏せのこと思いはせたまいて、

国守り奔走して参りましてございまする。



伊吹山の件、国改めの世となりし民、力を貸すと手を合わせし仲間の裏切りとなりしこと、

哀しき思いは世の制圧に負け、身を翻し敵国側に付くもの現れし事、悲しむはお鷲む事、

我が妻たちなればこそ、思いの霊を繋ぐは妻のいる地と母のいる地。


父の思いを明かせずは、誰も同じと思いし事、剣の思いし合わせの民たちの心を汲みたまえて、

守りし天叢雲剣の思い、古き民の思いとなればこそ、熊襲の大家の血をひくものなればこそ

大国主の思いと同じなればこそ、儚きかな世の憐み汲み取りましてのこと、

民・百姓争いに巻き込まれず生き延びる為にと働きましてございまする。


内世鏡のなすなべことに、鏡を作りたまえと我願いまする。

世の特権・武力ならずんば、力におきて治る事はできず。


世の心、和平と命と食べ物と親子信頼繋がりし、守りし事の思い、はかばかしく、

世の民に伝えたまえと我、願いますればこそ、世の為、働きたまえとわれ申す。





(吉岡の説明)

これで、わかりましたね。

はっきり、母の地は北九州の安曇の地、そして、父は熊襲の出身であることを明かしてくれました。

実は、大国主も九州の出であり、九州の一国の王でしたし、日本武尊も同じ九州の一国の王の子でしたので、国家安泰を願うのは同じ思いだったのでしょうね。

伊吹山で蛇に噛まれて死んだとされている意味も、ご理解頂けたと思います。

先住民の地を引くヤマトタケルは、日本中の先住民をまとめて戦うのではなく、新しい勢力を受け入れながら国家安泰の為に日本中を兄の代わりに奔走したことも話してくれました。

これまで秘められてたヤマトタケルのお言葉を頂けたことに心から感謝いたしますと共に、この意思を受けて、日本国家の安泰の為にお働き下さいます皆様が、大きな愛の心で過去の思いを愛に転換する行動をして下さることを願っております。

引き続き、5月18日に行いました常陸国神事ではこれまで世に出る事がなかった重要な神巫女の思いを公開いたしますが、全ての思いは繋がっていて、日本国の国家安泰と世界平和へ向けて過去の囚われを超える愛の段階へ皆様が進んで下さる事を願っているとご理解の上、先人達の思いを噛み締めて地球創生の感謝の祈りをお願いいたします。





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熱田神宮が作られた本当の理由 2 宮簀媛
2014.06.02 Monday 11:11
◎2014年5月13日、断夫山古墳で宮簀媛様と対話



断夫山古墳(愛知県名古屋市熱田区旗屋町)には宮簀媛が実際に葬られているわけではなく、宮簀媛の御霊がいらっしゃいます。

断夫山といっても高い山ではなく、熱田神宮公園の中にあるこんもりとした森といった感じで、古墳の詳細も書いてありませんでしたが、山を登った一番奥にこの森の中で一番
土地の歴史を知っている太い樹がありましたので、樹の神様を通して宮簀媛の御霊と対話しました。










○祈り初めの神口上

山土、山とて、栄え給えて国守りしこの地納めしこの御魂のこと、計らい給えて清め給えて感謝奉り申し上げまする。海山こえて奉りまするこの地の納めしこと、この宮簀媛様のお守り下さる御御霊のこと、このたとえ祀りまするは全ての神の元、思い納めよと納まりましてのこと、これ感謝申し上げ奉りまおす。御自らおわしまするこの地守りの人の思いとて、これ計らいたまいてこの山の思いなきものとなればこそ、この山の思いのそのひとつの中にあることお教え下され幸いにございまする。



質問1)まずは宮簀媛様、アメノホアカリをお祀り下さいますること、これ一族の血の元の神の元の証としてお祀り致していたのでしょうか、お教え下さい、お答え下さいませ。



(宮簀媛様のお言葉)

私めがお祀り致しましたことは、行く末の世にも繋がるがごとく、世の計らい給いて繋がりしこと、これ守りし者たちのお役目となればこそ、名は違えど、名字が違えど、その神の元が同じとならば一族、血、合わせ給いて神の思い奉りとして、奉りましてございまする。




質問2)アメノホアカリについてのこと、これおわしますること、熱田神宮の裏におわしまするところ、「こころの小路」開けましたること、この地の社、本殿裏にある地、この地にアメノホアカリの祀りの地、また宮簀媛様のお屋敷があったのではないかと思いますが、これいかにありましたでしょうか、お答え下さいませ。



(宮簀媛様のお言葉)

この地の思い、はかばかしく様々な思いあれど、私がそのこと申して良いか、詳しくは言えませぬが、私めが命を受けお願いをし、頼み計らい給いてその力をお守りお伝え下さいませと、世に伝え後世のために建てた社が、まずはございまする。

それが、今の世になっては熱田神宮と世の計らい給いて言われておりまするが、その前に名を変えてありました社がございましたゆえに、わたくしめ、殿の亡き後、その亡骸の思い束ね、世の思いとなりまして、骨の一部とその一部となりしことの思い繋ぎまして礎のもと、 十種の剣なるものの思い運び給いて、その神守りをする場所、願い給いて、社を建てて下さいました度会氏には心より感謝申し上げ奉ります。

その後、しばらくして社に住まいをし、おわしますものたちと弔いの祈り、また、アメノホアカリにつきましてのこと願い給いて、心合わせたくば、その地鎮まれよと神の納めのごとく祈りをした時期が長うございましたでございまする。

そのあと、時の権力図変わりましてのこと、よき計らい給いてのこと、特に、度会氏の思いはかばかしく、苦しみの多きこと、これ、様々のことよくは知りませぬが、この地に熱田神宮なるもの運び入れ、神をお守りするという意味にならなければ、わが身守りしこと、その守りし神の思い、アメノホアカリの思い、民の思い、その思い全て守ることできずと、「どうか姫様、そこにおわしまするこの地の意味変え給いて、またその意味、運ぶことの社建てなければならぬということで、どうぞお引き取り、おさがり下さいませ」と頭深々下げ、願い給いてございまする。

我、悲しくも、殿の血を、御霊を守ること思いでございますればこそ、その血の守りはどこにおってもできることでございまするが、この地を束ねました度会氏の思い、はかなき大きな世の争いに巻き込まれず、神の元、讃え祀りまして大きかなその守りが必要となればこそと思いまして、この地の場所に納めるがごとく、正しくはありしことと願い給いて、わが身、運びましてのこと、元家の家に運びまして下さいましたのでございまする。

恐れ多きかな、はかなきかな、その思いいくばくもあれど、どの戦いにもあらず、この頭を下げ、わが身の思いに失礼にあらずんばと心置きなくその思いを語り、いかにしてこの地守るかゆえ、影ながらと思いながらも、その神の道、正すことなく、唱えることなく、違うことなく思い正して守れよという意味で、昔の本殿、本殿道守りし道の裏に建てた社の道、違えし事かとこの本殿の場所、変えることにより意味変えましてのこと、それによりて、熱田神宮の守りし神の思い、これ伊勢の賜いしものの戦いの地とならず、守りし互いのもの神の思いひとつとあらずんば、そのもの、神の思いと証となる場所となるとて、伊勢と熱田一体になりしこと、これ神守りの役目となりしこと、計らい給いて大きかなこと、心より感謝するとともに、我に下がれともその思いはかばかしく汚されることなく、奉らんことこれ感謝申し上げ奉りまおす。

ただ、一献、思い残すことは、その剣のことは明かすことなく、思うことなく、譲ることなく、熱田に置かれ残しよと言われたことゆえ、悲しくは思うておりましたが、こと、吉岡学が運びしこと、これ心より魂の繋がりとなしてのこと、思い馳せ賜えたということ心より感謝申し上げ奉りまおす。

御おわす地、長引くは心の証の繋がりし、またそれ世の納めしこと、アメノホアカリの神の思いなればこそ、神、想い、民衆、想い、その思い一つになればこそ、わが身引こうとも、度会氏の名を汚すものおろうともその思い明かさず、この地を守ること役目なりと思いて、この地の神々の思いをはかばかしくも、遠きかな感謝の祈りをしていた身でござりまするが故に、今日、ここにお越し下さいましたこと、心より感謝申し上げ奉りまおす。



※これは2011年3月に、熱田神宮から宮簀媛様のもとへ剣を運んで欲しいと頼まれ、氷川姉御神社の近くにある屋敷跡のお宮に納めた時のお礼でございます。





質問3)海讃えしこと、これ山讃えしこと、大きかな日本はるばる栄えしこと、東方征し動きました日本武尊様のお働き、これ、一献、感謝の思いでございまするが、これ、アメノホアカリの神の元、同じ神を祀る者ではないかという思いがひとつ、そしてまたひとつ、この血筋元、どこへ繋がるのか、そのこと教え願わくば心感謝申し上げ奉りまおす。




(宮簀媛様のお言葉)

海讃えし様、神讃えし様、様々な思いありしこと、様々な民族のもとありしこと、わが身、その全てを知る者ではありませぬが、殿の血筋たるは、国もとのおわしまするは大きもと、出雲の国、また、熊襲の国、その繋がりし元地の神の力を持つ者であり、古き血筋の者を持つからこそ、東方征し、国まとめて働きましてのこと、これ大国主の神と同じ働きをなすものと言わるるば、それまた違うとも言えずところありしこと。

しかしながら、この時代の多きとき長きに渡り、日本全国をまとめること長き年に渡り、その思い、大国主の父にあらず、兄弟にあらず、子にあらず、また、その血筋、全てが問うがごとくなく、その思い叶えしこと、名を変え働きまするが、その一人の御子となりまして、東方征しまとめるがごとく働きましてのこと、明らかなりとてその思い、大国主の名として残らずとも、神の思い働きこと、国まとめしこと、出して下さいましたこと、心より感謝申し上げ奉ります。

その名のごとき、日本武尊と言われれば、それも神の名とあるのならば、我、それもよしとするも、多くの思い、国をまとめるがごとく動きましたこと、これ大国主の思いと同じなればこそ、その扱い異なれば、またそれもよしかと我思いまする。

思いの血筋、はかばしく、大国主の血筋、また、その血を問うことは、神の血筋、民族の血筋を問うことなればこそ、その思い、熊襲の力の思い、大きかな働きかなのこと、納めおき下さいますれば、国納めし民守りしのこと、多き、はかなきかの思い、どう名を変え扱われようとも、国を納むるがごとく、神を納むるがごとく、民を納むるがごとく、国家泰平の世なる前に民の心ひとつに同じう生き延びるうえに、必要な知恵、民の思い、捉えまして、神、讃えまして、運びましてお働き下さいましたこと、我が思うに、この思いだけでございまする。

どうぞ、よろしくお伝え下さいませ。ありがとうございまする。






質問4)アメノホアカリについてわかることがあれば、少し教えていただけませんでしょうか?


(宮簀媛様のお言葉)

アメノホアカリの神について、我が全てを問うことはできませぬが、その思い、人心、ひとつになりて、神の心と、人の心と、土地の思いと、命の繋がりを守ること、生き延びることの全てにおいて、殺生することなく、互いを病むることなく、殺すことなく、蝕むことなく、愛し合えよという原始キリストの思いもあればこそ、そのはかなきかな生き様、戦い表にあらず裏にあらず、心一重にその世に生きるための教えを導きこと、これ、どの民も同じく教えとなりましてこそ、多くの民が力を合わせた意味は、また、その思いのはかなきかな。

過去に多くの戦いをした男たちでございまするが故に、その心、表に出さず、賢くは賢くをもって、知恵を持って、時、納めしこと、神の思いをはかなきかなと思い給いて運び給いて、繋ぎまするは、アメノホアカリの神の思いとなりしこと、戦わずに身を亡ぼしてでも、その神の思い、民衆の心の中に繋がりとめよと思い給いて、我、静かにお守りするだけでございまする。

全ての神の世の思い、一人一人の心の中にあるかと思い、その光、給いて輝きますることこそ、本来の神の道ではなかろうかと我、思いまする。

心より心より感謝申し上げ奉りまおす。





※宮簀媛様から重要なお言葉を頂いたあと、立ち上がって後ろを振り向くときれいな二匹の黒い蝶がやってきて、しばらく私たちの周りを舞っていました。黒い蝶は、霊界守りの使いが来ているという意味なので、宮簀媛様と日本武尊様のお二人がいらっしゃったのだと思います。




(吉岡の解説)

まず、宮簀媛様に土地を差しあげたのは、度会氏だとハッキリわかりました。

熱田神宮の場所は元々、宮簀媛様のためのお屋敷と祈り場として、小さな神社と家を建てたんだと思います。

そこへ宮簀媛様を誘致したのは度会氏でしたが、百済系の天皇に変わる流れのなかで神職の立場は大きく変わらなければいけないくなったからこそ、その命令によって現在の熱田神宮の場所に「天の叢雲の剣」を祀らなければいけなくなった際に、宮簀媛様へ元のお屋敷へ下がって下さいとお願いする時の映像が見えたのですが、宮簀媛様の家で、土下座平服して、本当に申し訳ないけれども、どうか、ここを退いて下さいと頭を下げていたのは度会氏でした。

その姿は、すごかったですよ。宮簀媛様をご誘致したのは自分なのに、本当に申し訳ないけれども、どうか、元の屋敷に下がってほしいと領地の親分である男が土下座してお願いしていたのです。

すごいと思いました。土地を代表するトップの男が頭を下げるほど、宮簀媛様を大事にした理由は、やはり、ヤマトタケルの存在が大きかったからだと思われます。

宮簀媛様はその度会氏の思いを理解したからこそ、元の屋敷へ下がったのですが、唯一、残念だと言っていたのは、「剣だけはどうしても置いてって下さい」とお願いされた事だと申しておりましたね。

「天の叢雲の剣」が熱田神宮にあることで、天皇家をお守りするお役目の意味にもなるからからこそ、お願いした度会氏の辛い決断と、その思いを汲み取った宮簀媛のお二人の思いの深さには感動しました。


宮簀媛様も度会氏も、お二人とも大変賢い知恵者であり、土地と民と神を守ることを第一に考えた人たちだからこそ、究極の愛の選択だと思いました。

こんな裏話しは歴史書では絶対に紹介されない内容ですが、これは事実ですのでどうか、熱田神宮を愛する皆様、度会氏と宮簀媛とヤマトタケルの思いを汲み取って下さり、心から手を合わせて下さいませ。


では、最後になりますが、日本武尊がいらっしゃる「白鳥御陵」で最後のお話しを聞かせて頂くことにしましょう。


つづく



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熱田神宮が作られた本当の理由 1 熱田神宮
2014.05.30 Friday 11:11

2014年5月に行った愛知神事は、二日前の元伊勢で明らかになった真実のおかげで、これまで表に出ることがなかった度会氏の本当の思いも理解できましたし、当時の天皇家と日本神道が形成される過程で起きた様々な事実を知る事にもなりました。

さらに、愛知神事でも、関東神事でも、驚愕の事実を神メッセージで知らされましたが、なぜ、この時期に隠されていた神情報が一気に知らされるのかを大神に問いたほど私自身も困惑しましたが、大神からは、「皆さんを信じて新しい次の意識へ進む為に必要な時期だからこそ、真実を知るという恐れを捨てて皆さんへ真実を伝えなさい」と教えて頂きました。

これから明かす熱田神宮の情報によって、大きな神の思いや当時の人の思いを知る事になると思いますが、過去の思いを一切否定せず、全ての事実を愛で受け止めて下さることだけを皆様にお願いします。


ではまず、前日の愛知勉強会と神事前に仲間たちとサニワした内容からお伝えしますが、私が話す言葉は全て神ガカリによるものだからこそ、吉岡個人の思いではないことをご理解下さいませ。



◎2014年5月13日、熱田神宮、断夫山古墳、白鳥御陵の調査

熱田神宮に祀られているヤマトタケルの意味を正しく理解する為には、宮簀媛(みやずひめ)と度会氏(わたらいうじ)、そして、当時の天皇家の状況と神官達や巫女の思いを理解しないと正しく神心を理解する事はできませんので、ポイントをご説明します。
 

 

 

1、信仰の対象について

 

まず、初代天皇である神武天皇と戦ったニギハヤヒは、最終的に御神託の印が同じだったためニギハヤヒが神武天皇に従った伝えられていますが、この意味を大きな視点で考えると「ニギハヤヒ系は負けた出雲系と同じ」という意味にもなりますが、最後に勝った側の歴史視点になるのは仕方がないことです。

 

では、ニギハヤヒが物部氏の祖神であり、天火明命(アメノホアカリ)と同一神とされていることを考えると(先代旧事本紀)、度会氏は、天火明命(アメノホアカリ)の神守りをしていますので、ヤマトタケルの妻となった地元女性の宮簀媛も当然、天火明命(アメノホアカリ)信仰をしていたと考えられます。

 

これは推測なのですが、ヤマトタケルは先住民の血筋を引いていることはもう明かされていますので、物部系の人たちから神の概念を教わった可能性があります。

 

 

 

2、アメノホアカリとアマテラスの違い

 

アメノホアカリとアマテラスを同一に考えている情報もありますが、本来はまったく違う意味の神であることは、ニギハヤヒと神武天皇の説明からもわかります。

 

天火明命(アメノホアカリ)信仰とは、もともと「火と稲穂が赤く実る」、つまり、太陽の熱で稲穂が成長し、穂が赤くなって農耕が盛んになり、人間が豊かになるっていう民衆信仰です。 

 

関西神事でわかった度会氏の思いは民衆を大切にした信仰だったからこそ、天皇神道のアマテラス信仰とは意味が違いますが、もしかすると、元伊勢が繁栄した時代までは、この二つの違う信仰がうまくいっていたかもしれません。

 

それが対立し始めた理由は、もともと日本に天皇の血筋を繋いだのは新羅系なんですが、途中で百済系にひっくり返されたことで、神の扱いも大きく変わったのことが原因ではないかと思われます。

※この部分は、歴史上の応神天皇と神功皇后の扱いの裏側に隠されていますが、まだ公開はできません。

 

 

この天皇血筋の争いの流れからすると、奈良に住み、物部一族ともうまくやっていた新羅系の人たちの信仰もアメノホアカリだった可能性がありますし、百済系の人たちがアマテラスを持ってきて神の意味を変えてしまったということも考えられます。

 

これは、民衆信仰には関係ないことですが、神のルーツ、つまり神を運んで来た血筋が違うということは、天皇家や神職の方々にとっては命がけの話しなのです。
 

 

 


3、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)

原始キリスト思想の人たちは無意味な争いを避ける努力をしますし平和主義だったはずですが、天皇家の争いに巻き込まれた各地の豪族たちは、一族が生き残れるかどうかという状況だったからこそ民衆の命を守るために、度会氏はニギハヤヒ系、つまり、天火明命(アメノホアカリ))の信仰を一生懸命に守ろうとしたと思われます。

 

熱田神宮の御祭神である「熱田大神」の意味は、天皇家の三種の神器である天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)=草薙の剣ですが、宮簀媛もその思いを理解して剣を守るという名目で社を建てたとすると、最初は、あの社でアメノホアカリを拝んでいたんじゃないかと思われます。

 

しかし、新羅系天皇から百済系天皇に勢力図が変わった時に社の意味を変えなければいけなかったという時代背景を考えると、度会氏の行動ももしっくりきます

 

熱田神宮の祭神が瀬織津姫とか言う人もいますが、それは飛躍しすぎで、度会氏は古代から広い土地を支配管理していた強力な豪族だったし、奈良時代に磯部(石部)から名前を変えていることを考えれば、熱田神宮はヤマトタケルという存在を表看板に祀ることで、何とか本来の神の思いを守り残したいという思いだったと思われます。

 

伊勢神宮を遷宮した伊勢の地も、熱田神宮を遷宮した土地も度会氏の土地だからこそ、その土地にはアメノホヒカリの神力があり、当時は、伊勢神宮参拝と同じくらい熱田神宮の参拝をする人たちが多かったため、熱田神社は神宮へと昇格し、どんどん伊勢神宮と肩を並べるようになるわけです。 

 

 

しかし、この庶民信仰は、百済系天皇からすると天皇家の血筋に関係ない土地だという理由で、過去の天皇たちが伊勢に参拝に来なかったのだと思います。※現在の今上天皇は、参拝されました。

 

 

では、熱田神宮の裏側を調査しながら、宮簀媛様とヤマトタケルに直接、聞けばわかることもあるでしょうから行ってみましょう。

 

 


<<熱田神宮の調査>>

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を守っていた土用殿

 

 

こんなに静かな時間が過ぎ去るとは思っていませんでした。この時を待っていたと言うべきでしょうか。

この日がくる事を待ちわびていた者たちがたくさんおります。

それはあなた方が剣の意味を分かろうとしている事もありまするし、そしてこの土地をまたこの社を守ろうとした 造ろうとした者の意味を分かろうとしている思いもありまするし、そしてそれよりも祀られている神の意味や意思を汲み取ろうとしている心についてとても穏やかな気持ちでいらっしゃることをありがたく思います。

どうかその心で誰かや何かを問うのではなく 心穏やかに鎮めながらその意味をかみしめて汲み取って下さいませ。

土用殿とはその意味で土の上に土の中に、その持ち運びしものを大事に守り隠したという意味もありまするし、その中における意味はこの土地における神の思いを納めるという意味にもなっておりまする。

その事をご理解下されば、ここの意味もまたひとつ深まるのではないかと思います。どうぞよろしくお願いします。

 









◎御田神社

 

 

いくつかの民が沢山おりましたが、その当時からこの土地に色々なものを植え作り栄えていたと言えましょうが、アワ、ヒエ、米、それ以外にもいろんなも物を作っている民が沢山おりましたが、その民達の場所にやってきて、この場所にこの社を作ることによって、後から神の田んぼを作るようになりましたが、本来、この土地には住む人達が生きる上で必要な物を作っていたということがありましたらこそ、その民達の思いも汲み取って下さいませ。よろしくお願いいたします。



このあたりには、たぶん、神事用の田んぼがあったと思います。そこで神の物を作っていて一番大事な命を守っていた神様だからすごく優しい自然神のエネルギーなので、一切、主張してこないのが素晴らしいですね。



 

◎大きな樹のメッセージ 

大きな力が動いたのだということをわかっておきなさい。

それが自然を壊す事にもなるが また 守るという意味にもなる。

わしがこの地にいる意味はこの地を守る神の意思でおる。

この森一帯の神守りの樹として存在しているからこそ、誰もわしを切る事は出来ぬであろう。

この地の歴史については色々な事を知っておるが 何が知りたいか?

この後ろの場所についてか?

それはまた違う意味であるな。


この場所には自然の中でも森のエネルギーがあるのと、それとお前達人間が生きる上で必要なものが育めるということ。

そしてもう一つは人が行き来するにも便利な場所であったからこそ、このような大きな形になったのではないか?

私が言うべき事ではないが多くの樹も切られたが、残されたものたちにそのものを守れと言われ、残っているからこそこのような事が言えるのだが、お前達がその意味をどう汲み取るかはしっかり見ておるぞ。

よくぞ手を合わせてくれた。またこれからも宜しく頼むな。ありがとう。



 

◎清水社 

この様な姿になっておりまするが、本来はもっとこんこんと水が湧き出し、その水が溢れ溜まった所が池の様な形になった時代もありましたからこそ、この少ない水の地を守る事も大変でございまする。

その事もご理解下さいませ。

しかしながら祀られている事で手を合わせる者がいる事で感謝はしておりまする。宜しくお願い致します。




※この水場で祈るとドブ臭い匂いがしましたので、御霊がいることがわかったのできれいに上げました。



◎こころの小径(2012年末に初めて一般公開)



本殿の真裏にある場所は、剣を守る為の防空壕として作りましたが、一度も使っていないと神主の言葉でした。中を霊視しても何もありませんでした。
 


◎一之御前神社の神言葉

 

祓いたまへ 清めたまへ
むしたまへ 神たまへ 支えたまへて 国守り
この地守りし これ たまえますること 国の魂

荒御魂(あらみたま) 和御魂(にぎみたま)
奇御魂(くしみたま) 幸御魂(さちみたま)

すべて繋がりまするは これ 配置すべての神の思いなればこそ
この地にある場所の意味、ご理解下されば 幸いでございます

神や 神やの 神ささへ むしたまへ 神たまへ
繋がりまする むしたまへの思い
神のはからい たまいて この地の左奥の守りの意味ありまする

ここに荒御魂、置く意味それすべての神の位置として
争い無く 和をもちてすべてのこと、喜びにしたまへと意味でございます

また おわします右奥に鎮座いたします神々の意味も
また守りの意味も龍の意味も含め、地の守り
神の思いふまえてございます


また我の地と 真反対側にある地にもあり この地、四方位置を組みましてございます

その意味、理解していただければ ふみたまえて、また一つ理解下さればと思います

 

心の小道のことですか?

そこには、いろいろな人達が住んでおりましたよ

それは この社が出来る前から、そして出来てからもです

と、言う意味は この社の位置はとても大事な小高い場所にあり、
とても良い場所だったからこそ、その前までいた者達の大事な長たる者達、
また一族たる者達が住んでいた場所でもありました。


そういう大事な場所だったからこそ、その屋敷跡地については大切に守っていて御供養もされていたと思いがあります。 

そして、その部分を残し前側に社を立てたと意味がございます。

だから、この社の後ろは先人達の思い、そう あなたたちが御存じのとうり、ここに住まいしていました
度会の家の一族の者達の長たる者達の仮場、仮宿として住まいした場所でもありまする。

だからこそ、大切にその場所は守り支えていたわけでございます。どうぞ そのことを御理解下さいませ。 

 

また、そこに感ずるものには、そこに住まいした人達の思いも取ることが出来ると思いますので、その者達の思いも汲み取って喜びに変えてあげて下さい。よろしくお願いいたします。ありがとうございます 。


 

(一之御前神社の解説)

 

昨日、物部一族と大阪にある住吉大社の民族の意味を説明しましたが、住吉三社の人たちがアメノホアカリ(二ギハヤヒ)を祀っていたことまでは読み取りでわかりましたが、今、「ここに人が住んで居た」とはっきり言ったので、もしかすると、この本殿後ろの場所でアメノホヒカリを祀っていた可能性があります。

宮簀媛の思いを大切にして建てられた熱田神宮のもともとの意味は、天の叢雲の剣を祀っているのではなく、ヤマトタケルの魂とも言えるアメノホヒカリを拝んでいた可能性を感じます。

この土地に熱田神宮を建てる前の地形は一体が海でしたし、この熱田神宮の回りだけが小高い山だったので、そこにだけ集落があったことは調査でわかっています。

その中心に、宮簀媛の屋敷があったからこそ、禁足地にして隠していたと思われます。

だって、本殿の裏だけ樹がやせ細っているでしょ。

他に太い樹があることを考えれば、なぜ、ここだけ樹が細いのか不思議でしょ。



それに、尾張戸神社も宮簀媛の命令で建てさせたことを考えれば、宮簀媛命がこの場所から出された理由は、アメノホアカリの拝みを守れなくなったため、元の家に戻したという可能性もあるのではないかと思われます。

この事は、直接、
断夫山古墳で宮簀媛に聞けばわかると思いますので行きましょう!


つづく


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| ◎吉岡学 プロフィール | 熱田神宮と宮簀媛 | comments(1) | - | pookmark |
武内宿禰様のお言葉 (愛知県 若宮八幡社)
2014.05.07 Wednesday 11:11
愛知県でもっと重要な熱田神宮に隠された秘密を理解するためには、出雲と伊勢の関係性に加えて、伊勢内宮と外宮の関係を正しく理解する必要があります。

伊勢神宮 外宮の祭神である「豊受大神」を守り続けた神職の度会氏(わたらいうじ)の思いを正しく理解しなければ土地に住む人間として失礼になりますので、神事ワークに参加された皆様とどこでお話しを聞くべき探していると、名古屋の総鎮守である「若宮八幡社」で、武内宿禰(たけのうちうすくね)様にお話を伺いましょうということになりました。

武内宿禰(たけのうちうすくね)様は、大和朝廷初期(景行成務仲哀応神仁徳天皇の5代の天皇の時期)に棟梁之臣・大臣として仕え、国政を補佐したとされる伝説的な人物です。



<<若宮八幡社>>








○若宮龍神社  ※微妙に鳥居の外に祀られています



この地を守ることは大変ぞ、この地を守ることは大変ぞ。

この地を守ることは、その人の思いを封じ込める意味だけではなく、この地、自体の岩盤や地の流れがよくない場所だからこそ、強く守れという意味でわしがここにおる。

そのことをわかるものがあまりおらず、残念だがな。

よくぞ来てくれた、ありがとう。




○住吉神社



行く末の世いくばくもなく、終わりの果ての地どこにあるかわからず、その地まで、物、人、神、想いを運ぶが我の役目なり。

その役目なればこの末席に置かれることも仕方がなかろうかとも思うが、それもよしんばなかれ。

おわす神の思いを行く末の世の流れ、また采配によって変わるが故に、その思い理解するべく者は、おわします神々の思い奉らんことよろしく頼みます。



(吉岡の説明)

住吉と呼ばれる人々は元々、関西まで天皇家に関わる方々を運んだ船の技術とお宮のお社を創る技術を持っている方々で、古い時代に関西の土地に天皇家をお運びし、難波宮(なにわのみや)を作ったのが住吉の始まりです。下関と博多にも住吉神社があり、「日本三代住吉」と呼ばれています。

大阪の住吉大社には立派なお社と神気があり、四つの本殿があります。これは住吉三神(第一本宮:底筒男命(そこつつのをのみこと)、第二本宮:中筒男命(なかつつのをのみこと)、第三本宮:表筒男命(うはつつのをのみこと))と第四本宮:息長足姫命 (おきながたらしひめのみこと) = 神功皇后 (じんぐうこうごう)を意味していますが、 住吉と呼ばれる人たちの元々のルーツは天皇家をお守りする、天皇家の非常に近いところにいる方々でしたが、天皇家の序列争いでどんどん下に扱われてしまいました。だからここの神社でも一番末席です。本来はもっと大事にしても良い神なのですが、神社によって祀る順番は本殿の祭神との兼ね合いがあるということを理解して下さい。



○神御衣神社





(御衣さまの由来)
神御衣神社はもと御衣(みころも)社と称し、明治36年11月25日、現在の愛知県海部郡立田村より若宮八幡社末社津島社に遷し合祀されました。御衣さまは大国主命の国造りに大変力をつくされ、衣の神さまとして、古来より多くの人々の崇敬篤く世に知られています。昭和20年3月19日戦災により焼失しましたが、昭和32年7月、中部日本和裁教授連合会の発起により、広く崇敬者の寄進を集めて復興造営され、同時に淡島大神を合祀申し上げ、現在の興隆となりました。



(吉岡の説明)

一番知って欲しいことは、御衣、衣類関係、繊維、綿、絹関係の栽培技術、機織り技術を教えたのは、中国から来た秦氏だということです。陶器やカイコ、稲作も秦氏たちが伝えました。これは重要なことなので覚えておいて下さい。

この社の特徴は、スサノオをお祀りする津島社を合祀する際、先に住んでいた秦氏の土地にやってきた出雲神のスサノオを秦氏の社に一緒に入れているという点です。

本来は、文化を伝えてくれた秦氏に対して衣類の感謝をする神社だったはずですが、稲荷社を別に祀っていますので、純粋に繊維技術に関して感謝する社だと思いますが、繊維技術、もしくは綿かカイコを愛知で栽培していたと思われます。大阪にも陶器神社という場所がありますが、陶芸技術を教えた秦氏に対する感謝しています。

通常なら出雲族の津島社は神力が強いので名前を残すはずですが、あえて秦氏を消さないで、津島社の名前を消した理由があるはずです。こうやって何気なく社が並んでいるように見えますが、実はすごく考えられて配置されています。

本殿の左側に全く社を置いていないのも意味があります。

普通は、本殿が1番、向かって左側が2番、右側が3番という序列ですので、2番の左側に社を置かない理由は、側近として守るほどの神はいないという意味になります。その理由は、祭神が全て天皇関係者なので、右手に置いて添えの意味で守っているという明確な序列関係を示しています。こういう神様の序列の意味を理解しないと、相手に対してとても失礼になるので、よく勉強してから祈りをして下さいね。



(神御衣神社メッセージ)
山たて、神たて、国たて、祀りもうすこと、これ我らの誓い神となりましてございまする。

故に、この地における働き、その力もあれど、それよりさらに改まる力、加わりましてのこと、この所在になりてございまする。

この思い、神の思いとなりて、またその神運びし巫女たちの思いを兼ねまして、お伝えお汲み取り頂ければ感謝申し上げ奉りまおす。


*こちらの神社は女千木ですので、神を運んだ巫女たちが入っています。




○熊野社・日吉社・香良洲社・天神社・秋葉社合殿



そうそうたる神様たち並んでいますが、祈ってみると女性の声で「お花を下さい」と言うので、沖縄の伊良部島にある名主御嶽(ナーヌスウタキ)で神様から頂いたお花をそれぞれの巫女たちが奉納しました。名主御嶽(ナーヌスウタキ)は中国、支那、台湾の血筋に感謝する御嶽で、命を繋いでくれた全ての先祖ルーツに感謝するという意味になりますので、その思いを理解して、争わず心をひとつにして祈りをして下さいという意味になります。



※この若宮神社には珍しく女性と男性の感じがする稲荷社が二つありました。

○連理稲荷社(女性)







ようこそお越し下さいました。お越し下さいました折にお働き下さいますることを楽しみにしておりまする。

思い多くはございまするが、それは、伝えるに足らず、その意味、我の内に秘めたるものでよかれと思います。

(あなたたちが感じ取ってくれたことで良いという意味)

重き思い多かれど、その思いひとつなればこそ、それ我らが守る神姫巫女たちの思いなればこそ、ここに連なりまする巫女たち、ここの土地守り、そして神守り、抑え守り、様々な意味がございまするが、ここには5名から6名の神巫女たちが並んでおりまする。

どうぞ、そのこと心に打ちとめまして、心合わせて祈りをして下されば幸いに思いまする。今日はお越し下さいましてありがとうございます。




○連理稲荷社 奥之院(男性)







うちなみ盛えしこと、これ守りしこと、この思いひとつなればこそ、この土地の思いよりも重き大きな神の思いがございまする。

その思ひ守れよと、ここにおりまする。

影の思い、支えし思い、ご理解下さりありがとうございます。よろしくお願いいたしまする 。




○若宮 恵美須神社





国賜えまして、奉りましてお守り、お越し下さいましてありがとうございます。

国守るは、よほどのことがなければ変わることがなく、その思い、束ね纏めるためにわたしがおりまする。

心乱すもの、心ゆらぐもの、心不安なるもの、それ怒りと同じく抑え込みつかみまするぞ。

心穏やかに、神に心を合わせて下さいませ。

信ずるものはひとつでなければいけません。

それがこのわたしの意味でございまする。

よろしくお願いいたしまする。





○本殿  祭神:仁徳天皇、応神天皇、武内宿禰命





(質問事項)
●熱田に剣とヤマトタケルを祀った理由
●熱田神宮を創った理由
●元伊勢から伊勢に移した理由
●ツクヨミの扱いについて
●豊受大神と天之御中主神について
●熱田の社の後ろにあるものは何か?
●度会氏は物部系か?また、度会氏の役目とは?



熱田に剣とヤマトタケルを祀った理由

いかにも、それはわしらが命令をして祀らせたものである。その意味については三種の神器の意味に関わるものであり、理解しているならばわかるであろう。いずれその紐解きもされると思うが、剣が、神の思いを束ねる思いがひとつ。

そして、天皇家を守る神の思いとしての働きがひとつ。そして、過去の思いを断ち切る神器としての思いがひとつ。

そして、いくつもの剣があることこそが、その多き民たちの争いや煩わしさの思いを束ねるための力であるとしておこう。

そして、そなたたちが聞きたいことの中に、なぜ愛知の地に熱田神宮を置いたのかという意味が聞きたいのであろう。

そのことについては、まずこのことを言っておこう。

度会氏の働きにおいて、どのような流れを組むかがとても大切であった時代があった。

それはひとつに、権力の争いである。それについては、そなたが知っているとおり、九州においての争い、そして、出雲神との和合制約の証、そして、関西の地に入ってからの神、天皇の思い、人神の思いの争いもある。

愚かなことではあるがそれは事実である。そしてそれとは別に、神を運ぶ者たちの思いがある。

その神を運ぶ者たちの神を束ねるルーツの元はどこかといえば、それぞれが違うところがあるからこそ、その神を束ねる方法、場所、神の名前については、誰かがそのことを封じ込めながら守り伝えねばならぬところがある。

だからこそ神社には宮司にしか明かさぬことがあるのだ。

よいか、話を聞けばよいというものではない。聞いたからには、その全ての責任を負う。

そのことをわかっておけ。

だからこそ、女たちにはそのことを知らせず、子を作り、国を守るために命を育む仕事をせよと言うておる。

しかしながら、神の思いを、神の国として戦いで守る場合もあれば、国を守るために、神を立てることの命を捧げ出す者たちがいなければ、神の思いを立ち守ることはできぬからこそ、人間の思いではなく、多くの思いがあったことを知恵として学んでおけ。

よいか、度会氏についてはそのいきさつにおいて質問したいことの中にもあるようだが、「度会氏が、直接、秦氏か」といわれれば少し難しい表現があるが、物部の意図を汲む者であるということはわかっておけ。

よいか、物部が運んできた本来の思想は、「原始キリスト」であろう。

それは、多くの地域にその思いが根付いたからこそ、神という概念が広まっていったのだ。

その地域、地域において、神の概念を伝えた者たちがまずいる。

そのことが大切なことだ。

そして、その神の概念を伝え守る者は、当然ながらその土地の長である者の考え方によって変わるものだ。

言い方を変えれば、物部の血の女との子を産めば、物部の一族の血を引くという意味もないことはないが、それよりも大切なことは血の繋がりよりも、物部一族が守ってきた原始キリスト、それ以上に、この日本という国の国家守りをするために、自らがどのような働きをせねばいかぬかということを理解したのが、度会氏である。

だからこそ、その思いたるや深く、国の、朝廷の、また天皇の争いに紛れることなくその役目を果たすために、いかようにでも身を変えながら、どのように言われてでも、神から裏切り者とさえ言われてでさえもその役目を守ろうとした存在であることは、賢き男であったとわしも思う。

だからこそ、この思いを伝え残すために、ここにその場所を決め、守り運んできたのだということをよくわかっておけ。

よいか、度会氏が血筋ではなく、神の思いを束ねようとしたところには、「世の平安」を第一に考えたからである。

そのために自らがどこにでも出向き、その国の揉め事を纏めるような働きをした知恵者であったということも付け加えておこう。

しかしながら、国の争い、朝廷の争い、天皇たちの争いは紛れもなく事実であり、その争いの火種はあちこちに飛び、源氏平家の戦いもそうであるし、それ以前の戦いも常に、世に、民に知らされるような形で伝わっているが、本来は、何を守るべきか、それがわかっておらぬ者たちが多いからこそ、命を守るだの、我が子を守るだの、食べ物を守るだの、そのような愚かな考えでは国は守れぬ。

本来、国を守るというためには、知恵を出し、多民族の心を束ね纏めるような知恵を持たねば、心を持たねば、犠牲を問わずその力に邁進せねばならぬのだ。

そのことができるものは少なく、その者がおるからこそ、国の平安、安泰は守られるものなのだ。

その働きをした一人が、度会氏であるということをよく覚えておけ。

伊勢の元伊勢からの遷宮についても聞きたいのか。

よいか、それは元伊勢の地に行って聞けばわかることだが、度会氏の地に伊勢神宮の遷宮を勅命したのは、わしでもなく、度会氏でもなく、もっと上の、つまり朝廷もしくは、天皇たちによる支配管理の意味、目的を持っていたからこそである。

そのことについてはまた次回、違うところで話しをする時もあるであろう。

問題としているあなたたちの心の中に、度会氏が何をしようとしていたのか、なぜ熱田神宮を創ろうとしたのかが知りたいわけだな。

そうであるならば、まずその一番後ろの奥にある、宮についての思いを度会氏に聞くべきであろう。

なぜそこにその神を置くのか、ここが最大である。

表に、ヤマトタケルと妻と剣を祀る意味は、体制国家安泰における決め事、祀り事として運んだ意味が大きい。

よいか、この地は体制の流れにおいて関西の天皇の横行に背くことなどできぬ地理であるからこそ、どんなことがあってもその争いに巻き込まれず、纏め守るという力を持たねばならぬ土地であったのだ。

だからこそ、ご新宝の剣を納め守るような形をとり、また東方東征をしたヤマトタケル、もしくは神武天皇より古くからいた土地にその大切なことを繋ぎ守るためにも、天皇に近い、もしくは、天皇を守るために必要な立場に自らの意思を持っていかねば、この土地の民だけではなく、その後ろにいる土地の民たちすべてが争いに巻き込まれる可能性があったからこそ、この地には全ての神の本意に介して、「イエス」としか言えぬ立場であったということを理解しておけ。

度会氏は、知恵者であったぞ。

因縁、さも紐解きのような思いではなく、神の思いをどうするべきか、その知恵を尋ねに来たこともあったな。

よき計らいの民の思いのために、私がどう働けばよいのか、どう立場を立てればよいのかをよくぞ知恵を持ち聞き、伝えしたものだが、その思いが、どこにどう書かれ、繋がっているかは、ほとんどないと言った方がよいであろう。


豊受大神と天之御中主神について、度会氏が豊受の神を祀り上げるには、意味があったことは理解してる通りだ。

だが、その名をアメノミナカヌシとするには、ちと頭が足らぬな。


よいか、よき時代に計らい給う者は、企みをせぬものだ。

この意味がわかるか?

よき時代に物事を納めようとするならば、余計な企みなどはせずに、民衆、民が、その神を大切に拝み、信仰、崇高し、大切にし続けることをまず最初に考えるものだ。

それがまず、豊受大神、母神としての役目である。

すべての思いを受け止め、神を支え、また神を守るための役目である。

そして、その時代の流れにおいて、古い神道の流れを変えざるを得ない新たな動きが、全国各地に動き出した時に、誰かが物事を納めるために、社を創ることがよいのではないか、もしくは神の名を変えることがよいのではないか、もしくは仏教を入れることもよいのではないか、それよりも大きな中国に勝るような、神の参拝場所を創ることがよいのではないかと、色々な知恵を出したものだが、時、場所においてそのやり方は違う。

よいか、この地はお前たちが思うほど狭くなく、大きな土地の親分として、働いていたこの度会の働きは、利権、利害で動いたのではなく、自らの国の民の思いをまず最初に考えた時に、どう立場を立て直すことがよいか、得策かを考えたうえで、必要なことを賢く立ち回った者である。

よき心の奥には、原始キリストの思想を学んだからかもしれぬが、それよりも人格として賢く優れた者であったということだ。

だから因縁や煩わしい思いや、いざこざや色んなことを企んだのは、彼ではないかという思いだけはやめておけ。


社を創る際に、誰が、何を言うかは、それぞれの立場で言ってくるものだ。

それを納め守るのも、またその当時の神官、そしてそこに神官達に関わる血筋により発言が右左となり、立場は苦しく変わるものである。

だからこそ、色々な祀り事をする時の仕方が違うのも、祀る場所の向きが違うのも、社の大きさが違うのも、全てその当時の力のある朝廷系の公家の者たちの口計らいというよりは、災いのような一言により、そうせねばならなかったことは多かったという意味で捉えておけ。


地元の神が、地元の先人を恨むようなことをするわけがなく、その民たちの思いを束ねることのほうが難しかったはずである。

しかしながら朝廷の命には逆らえず、その命を明かすやり方をせねばならぬのも、もとは神の役目として、仕える者の身としては仕方のないことである。

「良きに計らえ」と言う意味で言われた言葉が、自らの命を絶つ者もあり、また自らの信じるものを手放さなければいけない者たちもおる。

それほど国家体制の変化においては、誰もが親、子、兄弟さえも裏切るようなことが起きるほど、苦しき責めを、問いをされるからこそ、その物事を決める立場の者はそのことを伝え残すことは出来ぬ。そのことをわかっておけ。




●アメノミナカヌシについて

アメノミナカヌシについては、わしが言うことではないと思う。

それよりも、その物部の思いを汲み取った度会氏の思いを知ってあげる方が、大切であると思うぞ。

さすれば、熱田神宮の中にある、また末社、摂社にある思いの一つ一つの意味が、理解できるかもしれぬな。




●ツクヨミの扱いについて

ツクヨミについては、わしが言うことではない。

それは、神官たちが決めたというべきか。

わしは、天皇にお仕えしておる。

つまり、天の方向性、国の方向性、民の方向性を決める役目である。

神の思いをどう扱うかは、それはその神官、親族、そこに力を持つ血筋の者たちが決めることではあるが、出雲の地で紐解いた思いであることは確かであろう。

そこまでしか、わしは言えぬ。

だがあくまで、黒子に、悪い方にものを考えるのではなく、黒子の思いとして働いた度会氏の思いさえ汲み取れぬなら、浅はかな神事になるぞ。

国を守るために働き出す者たちの思いをもっと深く感じ取れ。

それが最初の知恵であるとわしは思う。よろしく頼む。




武内宿禰命様の話しは、以上です。

(吉岡談)
なぜ、ここまで詳しく武内宿禰様が私達に話しをしてくれたのか、その理由は2013年に行った北九州神事で天皇家のもっとも重要な秘密に気付いたからですが、その際に、全てのことを納め守った方が武内宿禰様です。

当時、全てのことを教える変わりに、必ず、この日本をまとめた天皇家の思いを壊す事無く神事をする約束をしましたので、全ての神事を終えたあと、許可がおりなければ公開することはできません。

若宮神社の本殿で私が読み取った感覚では、本殿の中心に、武内宿禰命、左側に応神天皇、右側に神功皇后様がお座りになっていらっしゃいました。この序列の意味が、全ての秘密の鍵になっています。

今回、武内宿禰様は、ゆっくりとよくわかるように、私たちに諭すようにお話しして下さいました。三人の天皇にお仕えした、ほんとに凄い方からお話を直接、お伺いすることができましたことを心より感謝いたします。


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