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2013.03.29 Friday

履中天皇陵メッセージ(仁徳天皇の長男)

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    2013年3月10日 天候: 小雨
     
    ◎第17代 履中天皇(仁徳天皇の長男)の陵墓は、大阪府堺市石津ヶ丘町にある上石津ミサンザイ古墳 前方後円墳・全長365m)、百舌鳥耳原南陵(もずのみみはらのみなみのみささぎ)に葬られていました。
     

     

     

     

    【履中天皇陵メッセージ】
     
    冠たずさえて、来る者がおれば、それは王として認めましょう。
     
    授けたものとはいえ、この地に拝みに来ることができるのならば、その想いは一つであるということをおわかり下さいませ。
     
    この地に守られしものは、それぞれの国の神が支え守った財宝、金銀、いくばくのお金ではなく、それよりももっと大切な、 ご神託を受けた神の元の納め支え鞘(さや)と言えばわかりまするか?
     
    そうです、神の御心をあらわす「神の剣」を納め守りまする形として、造られておりまする。
     
    神の剣を(山の)頂きに刺すことにより、この国を治め守る役目と意味を持つ者、天子となり、そして、その勅命を受けた者が、天皇となる謂れしきたりでございまするがゆえに、おわします神達、それぞれの天子、天皇がおられまするが、それこそが元国の争いをするためではなく、この地に納め守りし神の魂をひとつにまとめ、封印し、その力を御陵の力とし、その御陵の力を、徳の光とし、ご神託、勅命の神の光となしておりまする。
     
    それが、この地を守る我々の役目であり、その必要なご神託の道具を、この地に納め守りしこと、これ我らの役目であり、その証となる神札、もしくは、神の証となるものを全て入れております。
     
    それこそが、何よりも仁徳天皇の思いであり、父、母、またその祖父母、両家、全ての関わる地の民の想いが、合わせ祀る想いでございます。
     
    わたくしめが多くを語るには、まだ足らぬものではござりまするが、多くの者たちの支え神となる心を、ひとつに束ねた父の想いをどうぞ、おわかり下さいませ。
     
    ところで、皆様がいらっしゃることは多くの神たちより、そして、守りし神使えの者たちより聞いておりまするが、どうか、ご自分の神だけでなく、この御陵地へ手を合わせ、参る意味さえ気づかぬのであれば、国を治めし天子、天皇、天皇神(てんすめらがみ)の想い、ひとつとなりませぬよう、心正し、合わせ、神の光をひとつにして下さいますよう、よろしくお願い申し上げまする。
     
    この地、治め守りしことのために、多くの民の命を奪い、また、戦い、そして、母地、父の地でさえも、争いに巻き込むことになったこともございまするが、それも全て、ここに神を納めるためでございまする。
     
    それを守りし番人の一人としておわしますること、ご理解下さいませ。ありがとうございます。きっといつか、来て下さると思っておりました。ありがとうございます。 

     
    【吉岡の解説】--------------------------
     
    わかりましたか?てんしとは、「天子」のことなんです。
     
    天子というのは、天皇神(テンスメラガミ)として認められた子供の意味で、天皇の子供の原初の血筋のことを言います。
     
    それぞれの民族の証を持ってきた長は、この日本の地に、国元の勅命で、天皇神(てんすめらがみ)の光を納めるために、実は、来ているんですよ。
     
    実は、「卑弥呼」と呼ばれた巫女集団も、そうなんですよ。
     
    なぜ、卑弥呼が、九州や四国でいろいろ言われているのかというと、九州や中四国をぐるっと回って大切な神を納める場所を探していたからなんです。
     
    最初は、九州でひとつ国が出来上がりましたが、啓示が降りて場所を変え、出雲神ができた時期もあっただろうし、そのあとまた啓示が入って、この関西の地まで動いたんですよ。
     
    こういう日本を治めるための重要な啓示は、何人もの人にバン、バン、バンッ!と、同時に降りるものなんです。
     
    僕らの神事の世界でも、同じなんです。
     
    僕が1998年に、「地球を救いなさい」と言われた時も最初は自分だけかと思ったけど、そんなわけはなく、あの神の啓示って、同時にたくさんの人に降りるものなんですよ。
     
    受け取るべき魂の役目がある人にですが、でも、誰が本気でやるかはわからないでしょ?
     
    一旦、やる!と言ったはずなのに、自分の気持ちの変化や状況にせいにして、神に誓った約束を破って、自分なりに信じる道を自分のペースで進むと言う人はたくさんいますからね・・・。
     
    神の契約には、実は、「自分なり」なんて、一切、許されないんです。
     
    やりたくなくてもやらなきゃいけない神との契約を、出来ない状況や気持ちのせいにしてできるほど、神の世界の契約は甘くないんです。
     
    常に、自分の思いをどう切り替えて前に進むか、皆さんの人生に選択のチャンスが何度かあるとしたら、本気で、神や人を信じているのかを問われることが連続で起きるのと同じですからね!
     
    そういう時こそ、我神と他人と神を良く見て、同じにすることが重要なんですよ。
     
    話しを戻しますが、日本を納めようと戦ったいろいろな民族たちが、神元から持ってきた、神光のようなものをここまで運んできた話しがありますが、2つ3つ出てくる民族が和合した理由は、「三種の神器」が同じだったという話しが残ってるでしょ?
     
    確か、これは2つか3つの民族までの話しなんだよね、表に出てるのは・・・。
     
    この意味をわかりやすく言うと、「ご信託」が同じだったからなんです。
     
    「三種の神器」っていうのは、「刀(剣)と勾玉と鏡」と言われているけど、よく神事で刀を頂くことがあるでしょ?
     
    最も尊い刀は、九州の天孫降臨の山のてっぺんに刺してあるんだけど、それは実は、神をここに降ろした、と言う「神の意志」の意味なんですよ。
     
    その場所でご信託を受けて、神が降りてきたので、天孫降臨の地と呼ばれてるんですよ、高千穂峰の山は。
     
    出雲で有名な「勾玉」は、実は、「魂のこと」を意味しているんです。
     
    勾玉は、本来は、2つでひとつの働きをするものなんですよ。
     
    ひとつでは、本来の力は働けないんです。
     
    あの涙型の勾玉を逆にして二つ合わせたら、陰陽の宇宙の力になるんですよ。
     
    あれが、本来のセットの形なんです。
     
    だから、みんなぶら下げてるまがたまは、片一方だけなんで、宇宙の力は働かないんですよ。
     
    「ご神鏡」というものは、「ご神光が映る道具」なので、琵琶湖に沈められているご神鏡がいくつも発見されているけど、それは鏡族が運んで来たものだからこそ、ご神鏡を神とする場合もあるし、刀を神とする場合もあるし、勾玉を神とする場合もあるんです。
     
    そのいろいろな意味のものが時代と共に合わさってはきたんだけども、道具の形がちょっとづつ違いますよね、民族によっては。
    それらの物を、どうやら、仁徳天皇稜に納めたみたいですよ。
     
    だから、やっぱり、父・応神天皇も、母と言われている神功皇后も、そのまた父母の関係も、ずっと争っていた血筋なのは応神天皇は知っていたからこそ、納め守りの形として前方後円墳の鍵の形にしたんだろうね。
     
    その代わり、過去の全部の民族の想いを束ねるために、すべてここに大切なものを入れた意味があるんだと思います。
     
    それが、5つか6つあるみたいです。
     
    ここに来る車の中で「イチキシマヒメ」という名前が出たけれども、この前の九州神事で、安曇族が守ったご神体が、実は「イチキシマヒメ」で、これは、瀬織津姫の分霊なんだとわかりましたよね、宇宙から降りた神の分霊なんですよ。
     
    それを、神元として扱っているのが・・・日本の、天皇神の、実は、魂の力なんですよ。
     
    ここの部分については、まだ全て公開してないんだけど、ちょっと、そこに至る過程がいろいろあるからね・・・。
     
    今は、民族的に言ったんだけれども、安曇族が祀っていた神の力を住吉が取り込んで、住吉が天皇を運んで来たからこそ、住吉が神守り番として最高役なんだけれど、実は、ここに入っているのは、安曇族が守った「イチキシマヒメ」の魂なんですよ。
     
    ただ、宗像三女神の、残り2つの魂についてだけど・・・イチキシマ姫は三女と言われてるんですが、わかったのは百済を経由してきた民族だということで、長女のところの祈りでは変な兄ちゃんがずっといて話しが聞けなかったんです。
     
    何でかな?と思ったら、「真実を言えない人」たちなんです。
     
    ということは、新羅なんですよ。
     
    宗像三女神の長女は、新羅系の巫女なんですよ。
     
    これで、百済と新羅が出ました。
     
    じゃぁ、次女は何かということを調べてたんですよ。
     
    わかったのは、「原初キリスト」だったんです。
     
    でも、新羅の元も原初キリストに関わり、百済の元も実は原初キリストに関わってるんですよ。
     
    大きくいうと、宗像三女神の三つの巫女に原初キリストの魂が入ってるんですよ。
     
    でも、神元として運んだご神体の一番最強の力は、自然界を動かせる「イチキシマヒメ」の神の力だったんです。
     
    これは、一番みんな欲しかった訳ですよ、海から来た民族ですからね。
     
    だから今、地図を見てて、この仁徳天皇陵の場所はもともとは海に近いのかい?って聞いたんだけども、海や自然界を納める最高の神巫女の魂を運んできたのだから、当然、それは海側に置くでしょうと言ってるんですよ。
     
    でも、あと2つ3つ、ある民族の想いも入ってるみたいですね。
     
    そのすべての思いをここに納めて、この世が平安・安泰で、もう過去のような争いが起きぬようにという想いで造られたのが仁徳天皇陵で、そのすべての過去の思いにガチャッと鍵をかけた訳ですわ。
     
    今、一生懸命、僕が神事で紐解きをやってるところなんだけどね。
     
    一番、最初に冠の話しが出てきたでしょ。
     
    あれはね、道路から歩いて行くと、すぐに、冠をもらったんですよ。
     
    それは、僕が新羅の王だった魂記憶があるからかも知れないんだけど、履中天皇と向き合う時に冠を下ろして、脇に携えていたら、その冠を携えているものは王の民として認めるけども、すべての民たちがここで同じ想いで守っているのだから、心して手を合わせることが、とても大事な意味がありますよと言ってくれたんです。
     
    だから、どの民族の父母が守った最高の神の天子の、その帝(ミカド)だと主張する人もいるかもしれないけど・・・天帝でもいいわ・・・その証しとなるものが、ここには納まっておりまする、と言っていたよね。
     
    だからこそ、ここで、皆さんの想いもひとつにして下さいね、という思いから造っている場所だということなんです。
     
    その思いを守るために、周りにもたくさんの陵墓を作っていますが、それぞれの民族の民の想いを守らせていると言ったほうがいいでしょうね。
     
    仁徳天皇陵と他の陵墓の向きが違うのも、それぞれが守るものが違うという理由があるのだろうと思います。
     
    仁徳天皇がもっとも大切にした想いは、民がみな、平安・無事であって欲しいということなんですよ。
     
    だから、何度も言うけども、ひとつの民族のことだけをさかのぼり、その民族のことだけを思う気持ちで神事をやってはいけないよ!と言ってるんです。
     
    すべての民族を治めたのが、天皇神(てんすめらがみ)の日本の天皇という役目だったからこそ、過去に争いはあったけれども、その想いをわかってあげて、全ての思いを束ねるような大きな愛の想いで神事をして下さいと言われています。
     
    天皇が国を治めた気持ちを、本当に、わかって神事をして下さい!ということだよね。
     
    だから、これからはどんな民族の想いが出てきたとしても、冷静にやっていかないと、たくさんの人たちの想いを束ねてきている場所が関西だからこそ、神事の中では争うことも揉めることもあってはいけないんです。
     
    自分だけの神を一心で追うことも、いけないことなんですよ!と教えてくれています。
     
    その主張は、全てを束ねた思いを逆に壊すことになるからです。
     
    これから神事に参加する皆さんは、どうぞ、宜しくお願い致しますね。



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